◆Blaze


 気配を辿る事もない。この時間ならあの勤勉な女はまだ仕事部屋に居る筈だ。
いつものように壁を抜け、主人の執務室へと足を踏み入れ挨拶をする。

「おはよう、インテグラ。」

言い終える前にけたたましい羽音と泣き声が部屋中に響いた。眉間に皺を寄せた女がきっ、と振り返って怒鳴り散らす。

「この馬鹿!!小鳥が怯えるじゃないか!!さっさと出て行け!!」

それが起きて一番に主人に挨拶をしに来た下僕に言う言葉かね。
その忌々しい騒音の主は主人の前に吊り下げられた細い金属の棒が組み合わさったドーム上の籠の中で狂ったように淡い黄色の羽をばたつかせていた。

「聞こえなかったのか!!早く出て行けと言ってるだろう!!」

こちらとしても小動物の甲高い泣き声は耳障りなので黙って主人の命に従うことにした。 何、この生真面目な女の事だ、次にどうするのかはだいたい分かっている。

 案の定、暫くして主人は地下の最奥の私の塒(ねぐら)にのこのことやってきた。

「さっきはすまなかった。いきなり怒鳴り散らして。」

食事中の私にばつが悪そうに謝罪する。
主人というものはそのような瑣末な事でわざわざ足を運んでまで下僕に頭を下げるものでは無い。そういった態度が下僕を増長させるのだと気付いて いるのか。
内心ではほくそ笑みながら、顔には出さずに憮然と言い返してやる。

「何だあれは。」

そう言えば、自分を執務室から追い出した原因の事を主人は語り始めるだろう。あくまでも根が真面目なのだ。

「昼間、換気をするために窓を開けていたら執務室に飛び込んで来たんだ。そもそも飼育種だし、人によく慣れているから飼い主が見つかるまで保護してやろうと思ってだな・・・」

「それでわざわざ籠まで用意してやったわけか。お優しい事だ。」

嫌味を言ったつもりでは無かったが、相手はそうは思わなかったらしい。眉間にまた皺が寄っている。私の言葉にはいつも何か裏があるのではと勘繰っているのだ。
裏などは無いよ主。私は人間とは違い、いつでも正直な言葉を口にしているだけだ。含むところが無いとは言わないがね。
お前の激しい感情や衝動はひどく私を滾らせる。我ながら子供じみているとは思うが挑発せずにはいられぬのだ。

「同類相憐れむと言うやつかね。」

「何だって?」

ほうら掛かった。

「どう言う意味だ?」

下僕のたわ言にそう気色ばむ事もあるまいよ。まあそれがこちらの狙いではあるのでその反応は悦ばしい限りではあるが。

「別にそのままの意味だよ、お嬢さん。」

こう呼ばれる事を面白くないと思っている事も重々承知の上。

「・・・私が籠の鳥だとでも言うのか。」

「違うのかね?」

お前の全身に青白い焔が燃え上がるのが見えるぞインテグラ。平静な振りを装っていてもその気配を隠しおおせはしまい。激昂して血の上った頭で私を言い負かすことが出来るかね。

「私は自由だ、誰からも。」

「そうとも、お前は自由だインテグラ、誰からも。籠を飛び出して大空を飛び回れると言うのに自ら望んで籠に戻ってくる、あのカナリアと同じでな。」

聡いお前の事だ、これだけ言えば十分だろう。

「私が、自分で自分を囲っているとそう言うのか、お前は。」

「違うのかね?」

生まれた時から女王に飼われる事を宿命付けられ、望んでヘルシングという檻に囲われているカナリア。人の為にだけ鳴く、美しい鳥。

「・・・そうかも知れないな。」

おや、そこで退いてしまうのかね。それでは少しも面白くは無いぞ。
ならばお前の最も厭う話題へと話をすり変えるとしよう。

「何もベッドの上でまで自制や理性と言ったもので自分を雁字搦めにする事はあるまい。普通の女はもっと素直に鳴くものだ。」

予想通り目を剥いた顔が見る見るうちに真っ赤になる。そんなに閨事の話はお嫌いか。昨夜もあんなに私の手で乱れたと言うのに。

「人間は羞恥心や道徳心といったものがあるから人間なんだ!!お前と一緒にするな!! この下品で下劣な化け物め!!」

捨て台詞を残して壊さんばかりの力でドアを叩き付け、足音荒く女が部屋を去っていく。やれやれ、年若い女性がそのような歩き方をするものでは無い。
道徳か、成る程。
ではお前の道徳心に反しないような相手にならば、お前はもっと素直に乱れられると言うのか。お前の性格上それは無理だと思うがね。普通の男は事を成す間あのように頑固な目で睨み続けられたらすぐに萎えようと言うものだ。いい加減に少しは素直さというものを学んだらどうなのだ。
いや、やはり学ばなくても良い。

我を無くして素直になった時のお前を知るのは、私だけで良い。




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