◆組曲―allemande―
新月の闇の中、隊員たちの足音が野外演習場に響く。今夜は今のところ出動要請も無いため訓練を行っているのだ。
暗視ゴーグルを着け銃火器を抱えランニングする隊員たちの後ろを、やはり銃火器を抱えたセラス・ヴィクトリアが走って行く。基礎体力作りなどは今の彼女に必要の無いものだが、彼女なりのチームに溶け込む努力なのだろう。
暗視スコープ付きの双眼鏡で管理塔からそれを眺めていたインテグラが、傍らに立つ実働部隊の隊長に尋ねた。
「どんな按排だ。」
「元警官と言う事もあり武器の扱いにも習熟しておりますし、チームでの行動にも慣れています。教える事と言ったら隠密行動と、人間ではない者との戦い方ですかな。」
人間相手の抑制的な戦いと、魔物を殲滅する為の戦い方は異なる。
「あとはまだ力の加減が上手く行ってない様で少々備品等の破損がありましたが、まあその内に慣れるでしょう。」
成り立て吸血鬼のセラスにとっては戦いの演習よりも日常生活の方が苦労の連続かもしれない。
「そうか。」
インテグラはそうとだけ返して管理塔の窓辺を離れる。
その背中に「ああ」と実働部隊長が思い出したように言い添えた。
「先日、うっかり素手で銃の手入れをしてしまったようなので注意はしておきました。」
返事の変わりに振り向かないまま片手を軽く挙げて、そのまま屋敷へと向かう。
銃自体は触っても問題は無いが、機関の性質上、込められている実包は対魔物用の法儀式を施した洗礼済みの物が使われている。もちろん吸血鬼が素手で触って良いものではない。セラスも痛い目を見て思い知っただろうし、部隊長が苦言を呈したのだったら特にインテグラが何も言う必要も無いだろう。
執事の報告では未だ食餌に手を付けていないらしいから、そちらの方が問題だ。
このまま徐々に弱っていくのか、それとも食欲に負けて食餌を取るか。そのどちらもセラスには選ぶ権利がある。ただし、最悪のタイミングで本能に負けて吸血行為に奔ろうものなら話は別だ。
こちらとしては、与えた食餌を大人しく摂取してくれるのが一番都合がいい。
―――――相変わらず最低な事ばかり考えているな私は・・・
管理塔から屋敷へと続く渡り廊下の先の、屋敷側の通用口には執事が待っていた。
「お茶をお淹れしました。」
「うん、執務室の方で貰おうか。」
書類仕事はあらかた終わっていたが、隊員たちがああやって訓練をしている時に自分だけリビングでティータイムとは頂けない。彼らあってこその自分なのだ。
執務室に戻って執事の淹れてくれたお茶で一服してから、調べものをするためにパソコンの電源を入れる。最近では何かしら引っ掛かる情報は無いかと地方紙のサイトを回るのが日課になっていた。
しばらく画面と睨み合っているとドアをノックするものが居る。何事かと返事をすればヒヨコのような髪色をしたセラスがドアの隙間からぴょこんと顔を覗かせた。
「あの、ちょっと良いですか?」
「何かあったのか?」
「いえ、何も無いんですけど・・・」
自分から訪ねてきたくせに歯切れの悪いセラスを「とにかく入れ」と促して、デスクの前まで手招きする。
「訓練は終わったのか。」
「はい、27時まで待機だそうです。」
まるで自分を小さく見せようとでもするかのように、両手を腿の辺りで重ねたセラスが応えた。その格好は大きな胸をより押し上げて、今にも制服の釦が弾け飛びそうだ。
―――――ワンサイズ上を用意させなければならんな。
「邪魔はしませんからここに居てもいいでしょうか。」
「部屋は居心地が悪いか?」
「いえっ、用意していただいたお部屋はとても快適です!!快適なんですけど・・・」
部屋はいいのだと勢いよく応えた割りに、続く言葉は口の中で小さくなっていく。
「どうした、言ってみろ。」
「あの、インテグラ様の傍に居るとほっとするというか・・・何と言うか・・・」
萎縮はされてもそんな事はついぞ言われた事がない。
理由は分かっている。要するに人がお茶の香りにだったり焼きたての菓子の匂いだったりにほっとするあれと同じだ。
焼き菓子扱いのこちらとしては些か複雑ではあるが。
「目の前に突っ立っていられたのでは気が散るから後ろに居ろ。」
インテグラの言葉にセラスはぱっと顔を綻ばせ、いそいそとインテグラの背後に回る。
「おい、真後ろはよせ。」
「あ、はい!」
何がそんなに嬉しいのか満面の笑みでインテグラの斜め後ろに立ったセラスに、仕様が無いなと苦笑して画面に向き直ったところに、低い含み笑いが聞こえてきた。
壁からぬるりと生えてきた男を見てインテグラは眉間に皺を刻む。
「マスター!」
驚いて呼びかけたセラスに一瞥もくれず、インテグラの前まで来た男が皮肉な笑みを浮かべて言う。
「私が来た途端にその顔とは随分ではないかね主。」
「いつから覗いていた。」
「婦警が来たあたりからだ。」
あっさりそう応えた男に深い溜め息しか出ない。悪趣味だなどという苦情はもう今更だろう。
そこにまたひとつ、ドアを叩くノックの音。
その音は軽やかだったが、インテグラの許しを得て入室した局員の知らせはもちろん軽やかなものではなかった。
「局長、出動要請です。」
「どこだ。」
「バーミンガムです。」
「なら空港があるな。ヘリの準備と、あちら側に着陸要請を。」
局員が一礼し、急ぎ足で命令を遂行しに部屋を出て行く。それを見送るでもなくインテグラはすぐに内線で執事を呼び出した。
「ウォルター、聞いたか。」
『はい、お嬢様。』
「車だとどのくらいかかる。」
『スムーズに行って2時間半、悪くしますと3時間超といったところでございますな。』
となると実働部隊を動かしていては時間が掛かる。ロンドンに次ぐ大都市だ、早急に終わらせたい。
「おあつらえむきに新人のデビュー戦と行くか・・・ネッドとマックスだけ寄越してくれ、実働部隊は待機。それとあちらの空港に車の用意を。」
『了解いたしました。』
通信を切って振り返れば、邪悪な笑みを刻んだ男と悲壮感の漂う娘の対照的な二人。
「アーカード、セラスの現在の能力はどの程度だ。」
「超人的な五感と筋力と耐久力。その程度だ。」
「飛べんか?」
「多分な。」
「影には?」
「無理だろう。」
「分かった。」
主とその主人に代わる代わる視線を移していたセラスはインテグラから視線を向けられると、またぎゅっと小さくなるように体を縮こめた。
「仕事だ婦警。今からお前は私と一緒にヘリに乗ってバーミンガムへ向かい、標的の殲滅に当たる。すぐに武器を準備して屋上のヘリポートに向かえ。」
「サ、サーッ、イエッサー!!」
命令口調にとっさに敬礼を返してどたばたと執務室を出て行ったセラスから視線を男に戻すと、相変わらず何がそんなに楽しいのか白皙に笑みを湛えた男が問う。
「引率が必要かね?」
「当たり前だ、私に吸血鬼の戦い方など教えられん。・・・入れ。」
インテグラの言葉に男が影に上に立ち、ゆっくりと沈んでいく。出て行く時にはどうもないのに、全身の皮膚の下を蟲が這い回るようなこの感覚だけはやはり慣れる事がない。
そう言えば、と思い出して前から聞いてみたいことがあったのを思い出す。
「お前、私の心を読む時があるが、通信不要なんじゃないのか?」
『読んでいる訳ではない。お前が私に言った事が聞こえるだけだ。』
こちらから呼びかけなければ聞こえないという事か。
『まず現実にお前の声の届く程度の距離でしか聞こえん。私に聞こえたとしてもお前が聞こえなければ意味あるまい。』
確かにこちらの声がアーカードに届いたとしても一方通行では話にならない。
もう一度内線で執事を呼び出し、通信装置を頼んで屋上へと急ぐ。途中、執事から装置を受け取りヘリに向かうと、既にインテグラのボディガードの二人と婦警が乗っていた。さすがにそんなにもたついてはいないらしい。
何やらぱくぱくと口を動かしているがヘリの音で聞こえない。乗り込んでヘッドフォンを着けてからマイク越しに「なんだ」と聞いてやる。
「あの、マスターは・・・」
「私の影の中だ。」
「え?ええ?」
屋敷からの灯りやヘリの機器の照明はあるが、この暗がりの中ではどこからどこまでがインテグラの影なのかは定かではない。それでも男は確かにそこに居るのだ。インテグラにも説明のしようが無いのでそうとしか言えない。
疑わしげな視線をインテグラの座ったシートに注ぐセラスたちを乗せてヘリが離陸する。バーミンガムまでは1時間と掛からないだろう。
『お嬢様、被害の詳細が送られてきましたが。』
ヘッドフォンから執事の声が流れ、インテグラはそちらに集中する。
「教えてくれ。」
『最初の被害者は子供2人を含む両親との4人家族、たまたま尋ねてきた知人に発見されております。警察が到着後に付近を捜索したところ、500メートルも離れていない民家でさらに子供1人を含む3人家族が惨殺されているのが発見されました。共に吸血痕があるようです。』
執事の報告にインテグラは眉を顰める。凄惨な事件の現場を想像したからではない。
吸血鬼に家族を殺された娘の化物退治の初陣が、別物とは言え家族殺しの吸血鬼とはどのような符号だろう。
『それから、被害者の血液を使って描かれたと思われるメッセージが2件共に残されております。そちらは現地にてご確認ください。』
「次の犯行現場の推定は出来そうか?」
『もう少しお調べしますので少々お時間を。』
「頼んだぞ。」
それにしても一応なりと吸血はしているようだが、食うためと言うより目的は虐殺だ。吸血鬼は魂の無い血液は食料としない。要するに生き血しか飲まないのだ。殺してしまってはそれきりではないか。
だから先日のチェーダースの牧師のようにやたらと屍食鬼を作ったりもしない。人手が要る場合か、もしくは眷属にしようとしてハズレだった時くらいだろう。でなければ僕であるはずの屍食鬼に食料となる人間を減らされてしまうのだ。
あの牧師にもこの吸血鬼にも、知性を感じない。
そう考えてインテグラは苦笑する。だがそうなのだ。吸血鬼を夜族の王たらしめているものは間違いなく知性だ。
まるで居ないもののように影の中で大人しくしている男に、感想を聞いてみたい気もしたがやめておいた。
やがて英国最大の工業都市でもある街の灯りが近付いてくる。
空港に着陸後、VIP用の通用口を通って車の用意されている出口に向かい、乗り込む前に従僕を解き放つ。
横で「うわぁ」と、驚いたのか暢気なのか分かりにくい声を上げてセラスが飛び上がった。
「ほほほホントに居たんですねマスター・・・」
「アーカード、これを持って行け。」
そう言ってインテグラは通信機を男に差し出す。
「私は一応担当者に話を聞いてくるからお前たちは先に行け。だいたいの目星はウォルターがつけてくれている。」
「え、え、私たち歩きですか?」
「走るぞ婦警、遅れるな。」
「わわっ、待ってくださいマスター!!」
言うなり暗闇に消えていく男を追ってセラスも走り出す。それを見届けてインテグラは車に乗り込み、非常線の張られている地点を目指した。
街は物々しい雰囲気に包まれている。第一発見者が一般人だから情報が外部に漏れるのは致し方ない。誰もがまさか吸血鬼の仕業だとは思っていないだろうが。
非常線の間近まで乗り付けさせて、人の集まっている辺りに近付いていく。
警察関係者に問われ、名乗れば女だと驚かれる。もう慣れたから何の感慨も湧かない。
担当者に状況を聞けば、もうすでに3件目の被害が出ていた。
「アーカード、聞こえるか。」
『ああ。』
「そのまま17号線を北上しろ。標的は男女の二人組だ。」
資料として受け取った、標的からのメッセージが収められた写真を手の中でぐしゃりと握り潰す。これは挑発だ、インテグラとアーカードへの。
「絶対にその糞フリークス共を逃すな。」
『認識した。』
通信越しにも分かる些か不機嫌そうな声は、何ゆえか男もこのボニー&クライドを面白く思っていない事を物語っていた。
あとはもう、彼らに任せるだけだ。
通信を切り、警察の担当者に向き直る。
「被害宅に案内してくれ。1件目からだ。」
ぐずぐずしていると被害者たちが屍食鬼になってしまう。いや、既になってる確立の方が早い。
「目視できるところまででいい。くれぐれも我々以外は近付かないように。」
そういい含めて警察車両に先導してもらい、ネッドとマックスを伴い被害者家族の家へと足を踏み入れる。
引き千切られた遺体は一見した限りでは何体あるか分からないくらい酷い。白い壁には写真と同じ挑戦状。
残念ながらこれをやった犯人には、インテグラとその従僕である不死の王へ喧嘩を売った事を後悔する暇さえ無いだろう。
3件目の家に入ったところで通信が入った。
『任務完了だ、主。』
「ご苦労。」
いつものやりとり。いつもならこれで終わる。
『屍食鬼は?』
男の問いの意味を図りかねる。こちらに屍食鬼の被害は無いかなどと、この男が心配するはずも無い。
それに標的の抹殺が完了したのならば尚更屍食鬼の事など聞くのはおかしい。主人が消滅した時点で屍食鬼にされた者たちも霧散するのだから。
「どの遺体も損傷が激しくて屍食鬼にはなれなかったらしい。一応心臓が残っていた遺体には十字架を埋め込んできたが、どうかしたのか?」
機関で使っている弾丸と同じ法儀式を施した銀製だから、まかり間違って屍食鬼に変わることがあってもすぐに消滅するはずだ。
『いや、ならいい。』
男はインテグラの疑問には答えてくれず、こう言った男を問い詰めても多分上手くはぐらされるだけなのを知っている。
釈然としないまま、インテグラはアーカード達が居るはずの4件目の家へと向かった。
その事件を知ったのはネットでチェックしていた北アイルランド地方紙の小さな記事でだった。
郊外の古いアパートがお化け屋敷になっている。と言うよくある怪談話だ。
誰も住んでいない筈のアパートに夜な夜な灯りが燈り人影が見える。そしてそこに行った者は誰も帰ってこない。
そんな、人々が廃墟という邪魔者を娯楽にするための与太話。普段なら気にも留めないような三面記事だが、そこに祓魔に行ったエクソシストがやはり帰って来ない。と言う一文が目に付いたのだ。
エクソシストとは、カトリック教会のエクソシスムの儀式を執り行う司祭の事を指す。
北アイルランド州は土地柄や歴史的背景もあってカトリック信者とプロテスタント信者がほぼ半々といった地域だが、英国に属する以上はこちら側の管轄だ。気になって北アイルランド警察に情報を求めたところ、どうやらホンモノが居るようだと言う話になった。
とは言え、たかだか3万ヤード程度でも海を隔てた彼の地に、いかなアーカードと言えど飛ぶことは出来ない。
そこに丁度、バーミンガムの件のあとペンウッドに『お願い』しておいたBAeの輸送機が届いたから、渡りに船と子飼いの化け物2匹を押し込んだ。
「局長!!ヴァチカンが、特務局第13課が動いています!!」
局員が慌てた様子でインテグラの執務室に入ってきたのは、アーカードとセラスの二人をベイドリックに派遣してから数時間後の事だった。
特務局13課。ヴァチカンには存在しない事になっている、イエスを弑したユダの名を冠する武装集団。そんなものまで派遣して来るとは、彼らは余程プロテスタントが目障りらしい。
「兵力は?」
「派遣兵力は唯一人、パラディン=アレクサンド・アンデルセン神父です!!」
「アンデルセン神父だと?」
悪名高き皆殺し集団の中でも特に注意すべき危険人物。アーカードがインテグラにとっての切り札であるように、ヴァチカンにとってのそれがまさに彼だ。
「まずいな。」
彼らに人を襲う吸血鬼か人を襲わない吸血鬼かなどは関係ない。そこに化け物が居ればそれは滅ぼすべき標的なのだ。
とりあえずこちら側で早急に出来ることと言えば相手のトップとの折衝がまず第一だ。インテグラはすぐにデスクの上の電話の内線ボタンを押して執事を呼ぶ。既に彼はインテグラが考え得る全てを行動に移していた。
こちらの兵力を動かせば相手方も動かざるを得ないだろう。出来れば人間同士の争い事は極力避けたいのが本音だ。とすれば動ける人員は限られてくる。
「ウォルター、ヴァチカンとの交渉は任せた。 私はベイドリックに向かう。」
『はっ、しかし・・・』
「危険は重々承知の上だが、ヴァチカンとの全面衝突は今は避けたい。」
『・・・承知いたしました、くれぐれもお気を付けて。』
局員にボディガードの二人を呼ぶように伝えて銃と剣を取りに私室に向かう。
「あの神父が、化け物殺しの絶対主義者がアーカードたちを前にして何もしないはずが無い。」
軍服に着替え、勲章を付ける。あちら側に自分が英国国教の正式なネゴシエイターだと示すためだ。
―――――話の通じる相手だと良いが・・・
自分たちを正義だと思っている者ほど性質の悪いものは無い。ひょっとしたら自分もそうなのかもしれないが。
ネッドとマックスを伴いヘリに乗り込む。ベイドリックまで2時間、乗り込んでからペンウッドにハリアーを強請れば良かったかとも思ったが、準備に時間が掛かっていれば同じだ。
もう遅いかも知れない。すでに交戦中である確立の方が高い。
あちらは化け物退治に特化したプロフェッショナルだ。アーカード一人ならいなして離脱することも可能だろうが、セラスが居る分こちらの分が悪い。ともすればあの闘争狂はいなすどころか嬉々として戦闘を始める。いや、どうもその可能性の方が高い気がしてきてならない。
「局長、見えました。現場です。」
ヘッドフォンから聞こえてきたパイロットの声に、視線を窓に向ける。
月光に浮かぶ集合住宅が眼下に見えてきた。周りに屍食鬼の影は無い。曲がりなりにも化け物を始末することを生業としている神父なら、今回のインテグラたちの標的である吸血鬼やその僕である屍食鬼を見逃す事も無いはずだ。どちらの仕事かは分からないが仕事自体は終わっているように見えた。
ホバリングしながらゆっくりと空き地に降下していくのをもどかしく待ちながら、ヘリの着陸と同時に飛び降りる。
「今はヴァチカンと争っている場合ではない。もしアーカードたちが交戦に至っているのなら止めなければならん。急げ!!」
煌々と照る月のおかげで足元はよく見えた。建物に入って左右を見渡し、話し声が聞こえてそちらに向かう。
角を曲がった瞬間視界に映った人影に、迷う事無く銃口を向けた。
金の短髪の大男、黒いキャソック。
確信をもって立て続けに放った弾丸は、神父の銃剣に弾かれたがもちろん予定内。このくらいはやってくれなければ話にならない。そもそも、こちらから全面戦争の宣戦布告をするつもりは無いのだから。
しかしその神父の向こう側に、全身を真っ赤に染めたセラスが目に入った。
「その娘はうちらの身内だ。何をしてくれるんだアンデルセン神父?」
神父はこんな場面に似つかわしくない神の代行者らしい慈愛の笑みを浮かべてインテグラを見る。
「インテグラル・ウインゲーツ・ヘルシング、局長自らお出ましとはせいの出る事だ。」
初対面ではあるが、インテグラが情報として神父の顔を知っているように、相手も自分の顔を知っているのだろう。
「神父、これは重大な協定違反だ。ここは我々の管轄のはずだぞ、すぐに退きたまえ。」
「退く?退くだと!?ナメるなよ売女!!我々が貴様ら汚らわしいプロテスタント共相手に退くとでも思うか?」
口元には柔和な笑みを刻んだまま、神父は辛辣は言葉を吐きながら銃剣を構えてインテグラへと歩み寄る。
神父とインテグラの間を遮るように入ったネッドとマックスの発砲に怯む事も無い。 銃弾を受けた神父の体は、まるで彼が憎むべき吸血鬼のように瞬く間に再生していく。瞬時に走り寄った神父の手によってネッドとマックスの首が飛ばされた時点で、インテグラは腰に下げた剣に手を掛けた。
ボディガードの2人を一瞬にして絶命させた銃剣をすんでの所で受け止める。
「生物工学の粋をこらした自己再生能力、おまけに回復法術か。化け物めっ!!」
「お前たち、そろいも揃って弱すぎだ。話にならん。貴様らご自慢の処理屋も首を落として殺してやったぞ。」
神父の勝利宣言に、インテグラはにやりと唇の端を持ち上げる。
「首を落とした?それだけか?」
そうとも、怖れることはない。自分はあの男に消滅することなど許していないのだから。
「何?」
怪訝な顔をする神父の後でセラスが立ちあがる。インテグラの稼いだ時間に多少なりとも回復する事が出来たのだろう。
「インテグラ様から離れろ。この化物!!」
自分の事を棚に上げて言ったセラスが神父に向かい銃を構えたが、圧倒的な力を有している神父は鼻で笑うだけだ。
しかしまだ、こちらに手札が残っている。
「お前に勝ち目は無いぞアンデルセン、ここは大人しく手を引いたほうが身の為だ。」
首元に銃剣を突きつけられながら、インテグラは笑みを浮かべる。
「何を馬鹿な事を。お前らまとめて今すぐ・・・」
「だったら早くする事だ。モタモタしていると、くびり殺したはずの者が甦るぞ。」
インテグラの時間稼ぎだと思っていた神父は何かに気付いたようだった。
お前の倒したはずの吸血鬼は本当に塵に戻ったか?ユダの司祭よ。
「あっ・・・」
セラスの声を合図に黒い羽を持つものたちが一斉に集まってくる。
「首を切った?心臓を突いた?そこいらの吸血鬼と一緒にしてもらっては困る。あれはそんなものでは消滅しない。」
怯んだ一瞬の隙をついてインテグラは神父から距離を取る。朗々と語るインテグラの言葉はまるで呪文のようで、それらは彼女の呪術に呼ばれて来たかのようでもあった。
「貴様が対化物法技術の結晶であるように、あれは我一族が100年をかけて作り上げた最強のアンデッドだ。」
騒々しい羽音を立てて夥しい数の蝙蝠が一箇所に集まり人の形を成していく。勿論それは人の形はしていても人であろう筈がない。
甦った夜族の王が、邪悪な紅い瞳を細めてにんまりと嗤った。
「マスターッ!!」
歓喜の声を上げるセラスを尻目に、インテグラは神父に選択を迫る。
ベットはしたぞ。レイズかそれともダウンか。
「さあどうする?アンデルセン!!」
「なるほど、これでは今の装備では殺しきれん。」
では装備を変えればアーカードを倒せるとでもいうのか。ただの大口ではなく、神父の言葉には確信めいた響きがあった。
「また会おうヘルシング。次は皆殺しだ。」
不穏な言葉を残し、呪文を附記された聖書を媒介とする法術を使って、一瞬にして神父は掻き消えるように居なくなった。
とても人間の仕業とは思えない。
「面白い、あれがアンデルセン神父か。首をもがれたのは久しぶりだ。」
つい今しがたまで戦闘不能に陥っていた男が、面白そうに含み笑いながら言う。全く笑い事ではない。
「協定違反の越境に我々への攻撃、殺傷行為。ヴァチカンに対する貸しになる。」
最初のエクソシストは下っ端が勝手にやった事と看過できるが、あの銃剣神父を派遣したのは越権などという範疇を超えている。
「セラス、帰ったら傷を塞いでやるから先にヘリに乗っていろ。」
「え、でも・・・」
「行け、婦警。」
「マスター、婦警はやめて下さい。私にはセラス・ヴィクトリアという名前がちゃんとですね。」
「黙れ、お前のような半端者は婦警で十分だ。早く行け。」
ブツブツとぼやきながら、それでも主人の命令にセラスが建物から出て行く。
「お前がもたもたしていたおかげで護衛が2人も死んだ。」
「私のせいか?あの神父が人には手を出さないだろうと"たか"を括っていたお前の判断ミスだろう。」
思わず頬をはろうとした手は寸前で掴まれた。
図星だから余計に腹立たしい。神父の作った結界の中で、祝福儀礼を施されているであろう銃剣で切り刻まれれば復活が容易ではなかったことなどインテグラにも分かっている。
これは八つ当たりだ。
「お前以外の人間が何人死のうが私の知った事ではない。」
片手を掴まれたまま壁に打ち付けられ、収めていた剣を抜こうとしてその手も掴まれる。それらを頭上でひと纏めに壁に貼り付けにされてインテグラは男の白皙を睨み据えた。
「何のつもりだ。」
「いい所で止められて欲求不満でな、この滾りをその躰に納めてもらおうか主よ。」
「ふざけるな!!」
「ふざけてなどいない。脱がし甲斐のありそうなその格好もなかなかそそる。」
軍服の上からやんわりと胸を揉みしだかれる。
「やめろ、そんな気分じゃない。」
ベルトを外され、袷を開かれた軍服のニッカーが足元に落ちた。
下着の中に手を入れられ弄繰り回されても、今の精神状態で昂ぶれる筈が無い。
「濡れんな。」
男が珍しく少し苛立ったように言う。
「だから、そんな気分じゃないと言ってるだろう。分かったら放せ。」
「ならばその気にさせてやろう。」
「いい加減にしろ!!早く帰ってセラスの手当てもしてやらねばならんだろう!!」
睨めつけたインテグラの目と男の視線が通った。耳の奥で警鐘がなっているのにその紅い瞳から目が放せない。
「お前が協力すればすぐに済む。」
むくりとインテグラの躰の中の蛇が頭を擡げ、その熱に浮かされるように意識が白濁していく。
「や、め・・・ろ・・・」
下腹の奥でとぐろを巻き始めたそれを押さえ込むにはもう手遅れで、蠢かされる男の指はさっきまでとは全くの別物に様変わりしていた。耳の溝にそって舌を這わされ、冷たい唇で耳朶を噛まれて身震いする。躰の奥は熱くて堪らないのに、背筋をぞくぞくと寒気に似たものが奔る。
男の指がすんなりと花弁の狭間に入り込んできたのが、そこがすっかり潤った証だった。
男は喉で嗤い、わざと音を立てるように激しく指を抽挿する。
「軽くいっておけ。」
「っ―――――」
耳に吹き込まれた男の囁きに促されるように達し、躰を痙攣させる。それが収まらないうちに片膝を持ち上げられ、猛り狂うようにそそり立ったものを宛てがわれた。
「待っ・・・」
一気に奥まで貫かれ、敏感になった躰がノッキングを起こす。
ぎりぎりまで引き抜かれては押し込まれる度に全身が硬直した。
「そんな気分では無いどころか、いき通しではないか主。」
「この・・・糞犬っ・・・早く終われっ・・・」
「ああ、こうも締め付けられればすぐにでも。」
男は縛めていたインテグラの両手を開放すると両方の膝を抱えあげ、激しく腰を打ちつけ始める。より深くなった繋がりに抗おうと男の肩にしがみ付いた。
やがて身の内にあるものがひと際膨張したかと思うと男が動きを止める。
息を詰めたあとの荒い呼吸音はインテグラのものだけで、人でなしにはそんなものなどありはしない。
引き抜かれるそれにすら身震いして、下ろされた足の裏にちゃんと感覚がある事に安堵する。震える膝を叱咤して、壁をよすがに辛うじて無様に座り込むのだけは回避した。
「お前みたいなケダモノ、あの神父に切り刻まれてしまえばいい。」
「それは無理だ、私を滅ぼすのはお前だからな。」
吐き捨てたインテグラに、男が忌々しくも満足げに応えた。
続