◆賭弓の還饗


 「順調ですね。」

定期検診の為にヘルシング家を訪れた女医は、仰向けになったインテグラの腹を、超音波で内部を画像に投影させる器具で撫でながらそう言った。

「順調・・・ですか?」

何と無しに腑に落ちず、インテグラは尋ねてみる。

「普通より大きいとか小さいとか、形が変わっているとか言うのも無いですか?」

インテグラの質問は別に珍しいものでも無かったらしく女医は淡々と答えた。

「16週目としては平均的な大きさですし、何も異常はありませんよ。何か心配事でも?」

「いえ・・・」

「ここ、見えますか?胎児の心臓です。」

モニターを示す女医の指先を見ると、なるほど小さな物が忙しなく動いているのが見える。

「もう、腕も足も大まかな部分では出来上がっています。心配する事は無いですよ。」

言われてモニターを見ても、これがそうなのか?と思うくらいではっきりとは分からない。
―――――そうか、普通か・・・
それはそれで何だか拍子抜けではある。

「ただ血液検査の結果、貧血が少し出ていますね。投薬するほどの値では無いので食事に気を付けて下さい。糖分、油分を控えて・・・それは執事さんに相談しておきましょうか。」

「はい。」

これはまたウォルターに渋い顔をされそうだと思いながら、ベッドから起き上がり服装を直したところに、看護士に呼ばれたウォルターが部屋に入ってきた。

「如何ですか先生、何か変わったところは?」

執事の質問に女医はくすりと笑いながら「順調です」と答え、食事の注意点を話し始めた。
もちろん女医はインテグラの腹の中の子が何者なのか知らない。知っていればとても平静では居られないだろう。知らない方が良い事は知らせないに越した事は無い。幸い胎児は至って「普通」に育っているらしく、女医が不審がることも全く無かった。
女医が帰り、執務室へと戻ったインテグラにウォルターが些か固い声で言う。

「そろそろ、アイランズ卿にも知らせなければなりませんな。」

「・・・そうだな。」

同じ円卓の騎士であり、インテグラの後見人でもあるアイランズには伝えておかなければならないだろう。インテグラの懐妊と、その身篭っている子が何者であるかを。
激怒するだろうか、落胆するだろうか。どちらにしろ憂鬱には違いない。決して喜んではもらえないだろう。この子供がヘルシング家の後継者として認められないであろう事も承知している。
化け物達の抹殺機関の長になる者が、 その当の化け物と人間の混血だなんて誰も認めるはずが無い。
いや、そもそも子飼いの化け物と関係を結んでいた当主、即ちインテグラ自身の資質や進退を問われかねない事態でもある。

「前途多難だな。」

眉を顰めて呟きながらも、その新しい生命を生み出す事に関しては今では何の揺るぎも無い。
ただ、申し訳なさと後ろめたさだけはどうしようもなかった。


 ここ暫らくのタイムスケジュール通りに部屋に戻ったインテグラは、シャワーの後ウォルターが中身を入れ替えてくれた本棚を眺めていた。さて、今夜は何を読もう。

「おはよう、インテグラ。」

常と変わらぬ挨拶をしながら入ってきた・・・既に部屋の中だが・・・ アーカードに、やはり相変わらず振り向きもせずに本を物色していたインテグラだったが、 浚い上げるように抱きかかえられて渋面を作る。

「おはよう従僕、いったい何事だ?」

部屋の中だと言うのに深紅のコートと帽子にサングラスと言った出で立ちの、彼女の下僕である吸血鬼にインテグラは冷たい視線を向ける。

「何事だでは無い主、約束の期限が過ぎた。」

「約束の期限?」

何の事だと訝しげな表情のインテグラに、アーカードは魔性の笑みでその相貌を彩る。

「安定期の5ヶ月目に入るまで交接はまかりならんと言っただろう。晴れて5ヶ月目だ。」

「何を言っている。まだ16週目だぞ。」

「そうだ、だから5ヶ月目だろう。」

「お前・・・色ボケで計算も出来なくなったのか?」

「お前こそ勘違いしている、16週目は歴とした5ヶ月だ。」

「何だって?」

「妊娠周期は0周目から数える。」

という事は0から3週目がひと月目、4から7週目でふた月。指を折って数えていたインテグラが、罰が悪そうに男の顔を見る。

「な・・・なんでお前がそんな事知ってるんだ。」

「無論、調べた。」

アーカードが知り得る範囲の情報などウォルターも知っていた筈だが、彼はわざと言わなかったのだろう。

「さて、納得したところで行くか。」

そう言ってアーカードは足を寝室へと向ける。

「ちょっと待て!!安定期には入れば良いとも言っていない!!」

「そのような詭弁を弄するか主。あまり私の忍耐力を試さない方が良いぞ。」

「何だそれは、私を脅しているつもりか?」

「まさか。」

眉間に皺を寄せたインテグラに、アーカードは降参の意を示す。

「では、こうしよう。私がお前をその気にさせられなかったら今夜は諦めよう。」

「そんなの取り引きになるか!!」

この老獪な化け物の手管に耐え切れる人間がこの世に居るとは思えない。

「胸や性器には触らない。それでもやはり自信が無いか?」

しかし下僕にそのように嘲笑されては主人のプライドとして受けて立たざるを得ないだろう。

「・・・耳と首も駄目だ。」

「了解した。勝負だ、お嬢さん。」

自身ありげにほくそ笑む化け物の鼻っ柱をへし折ってやろうとインテグラも口角を上げる。

「では今すぐ私を降ろせ。今私は今夜読む本の物色中だ。」

アーカードの腕から降り立ったインテグラはさっそく本棚に向かう。今夜は神話や伝説といった感性で読む本は無しにしよう。脳の論理野を活発にさせて、尚且つあの千枚舌と会話をなるべく交わさないことだ。そう考えたインテグラが分厚い物理工学の本を取ろうとすると、頭の上から生えてきた手に先を越された。

「これだけで良いのか。」

紳士面した狼は取り上げた本を持って言う。運んでくれるとでも言うのか。まあ確かに重そうな本ではあるので助かる。

「いや、これと、これと、これも。」

これ幸いに使ってやれとインテグラは支持を出す。これほどの手荷物はアーカードにとって造作も無い代物だろうが。
本をリビングセットのローテーブルに置かせてソファに座り、さあいつでも来いと本を開きつつ臨戦体制に入ったインテグラは男の次の行動に些か拍子抜けさせられた。アーカードが向かい側に座ったからである。
不審に思いながらも本に目を落とす。5分、10分、15分。
まるで素っ裸にされて撫で回されているようなねちっこい視線に耐え切れず、十数ページしか進んでいない本を閉じてインテグラは顔を上げた。

「おい、いい加減にしろ。」

「私は見ているだけだが?」

「いやらしい目付きで見るな。」

「それは考えすぎというものだ。それとも何か?触って欲しいなら素直に言ったらどうだ。」

「何を言ってるんだ。馬鹿かお前・・・」

いやいや、ここで剥きになっては相手の思う壺というもの。相手は百舌より多い舌を持つ魔物、会話しない事だ。
賭けを受けた時点で既にその千枚舌の口車に乗せられている事にインテグラは気付いていない。
眉間に皺を刻みつつも再び本へと目を向けたインテグラを、ただ見ているだけなのに飽きたのかアーカードが動いた。
平静を装うが内心は穏やかではないインテグラはひたすら本へと意識を向ける。ソファが沈んで少しだけ右側に傾いた。体勢をずらして重心を整えようと身じろぎしたインテグラの腹に、手袋をしたアーカードの右手が添えられる。
どきりとして思わずアーカードを見た。

「案外、出てこないものだな。」

「あ・・・ああ、腹部が目立ってくるのは8ヶ月くらいからだと医者が言ってた。」

「そうか。」

つい答えて、しまったと思ったがもう遅い。意識がアーカードの方へ完全に向いてしまった。
視線の先にある美貌が優雅に微笑む、化け物の本性をきれいに隠したまま。
腹を触っていた手が絹のナイトドレスに覆われた膝に置かれる。どうという事は無い、置かれているだけだ。なのに、そこからじんわりと何かが忍びよってくる。冷たさのせいだけではない何かが。
もう片方の手に右手を取られて指先に口付けられる。あくまでもその仕草は貴族的なのに淫猥に見えるのはどうしてだろう。自分の方がおかしいのだろうか。
口付けは指先から手の甲に上がり、手の平へと移動する。手首の内側を吸い上げられて背筋を奔った痺れに思わず手を引いた。

「どうした、お嬢さん。」

言ってアーカードは逃げた手の変わりにインテグラの月光色の髪をひと房握り取る。髪に神経などあるはずも無いのに、体の中のざわめきは大きくなるばかり。

「髪の毛まで感じるのか?」

「あっ・・・」

膝から腿を撫ぜられて声を漏らしてしまった唇に、男の冷たいそれが重なってきた。そういえば唇は禁じていなかったと後悔している内に、男の舌が侵入してくる。男の口腔内への愛撫は相変わらず巧みで、インテグラはすぐに息が上がってしまう。水面に雫が落ちるような音を残してアーカードの唇が離れていっても、インテグラは暫しその胸を喘がせていた。

「どうだ、その気になっただろう。」

聞かれても、はいそんな気になりました。とインテグラが答えるはずも無い。

「だんまりは反則だぞ主。」

「あっ!!馬鹿っ!!」

するりと下着の中に入ってきた手を阻止しようとしたが、あえなく侵入を許してしまう。いつの間に手袋を外したのか、男の指は抵抗も無くインテグラの秘裂へと入り込んだ。

「やめろ!!触らないと言ったはずだ!!」

「勝負は付いているだろう。ここは私を受け入れる準備が出来ているようだが?」

言いながらそれを知らしめるように蠢かしたアーカードの指が、何の引っかかりもなくインテグラの花弁の狭間を行き来する。

「随分と豊潤に蜜を醸すようになったな。私の苦労も報われるというものだ。」

「っ・・・何が苦労だっ!!この色気違いめっ!!」

「口の悪さは相変わらずだがな。そこは改めなくては子の教育に宜しくないぞ。」

常識の通じない化け物にまさか常識を諭されるとは。文句を考えてるうちに無遠慮な指を抜かれてインテグラはほっと息をつく。それも束の間、勝手に決着をつけてしまった男は禁じられた首筋へと口付けをした。
吸血鬼の首への接吻。本来ならばそれは死に直結する行為。だが確かな愛撫である今のそれはゆっくりとインテグラの躰を下降し、ナイトドレスから露出した鎖骨を辿り、薄絹で覆われたふくらみの上で止まった。布越しに頂点を噛まれて、その刺激にインテグラは躰を慄かせる。
邪魔なローテーブルを退けて主の前に傅いた下僕は、今度はドレスの裾から覗く踝から脹脛を撫で上げた。男の手が上がるに従ってドレスの裾も上がり、普段はトゥラザースに隠された膝や腿が露わになっていく。その膝の内側に口付けて吸い上げると、内腿へと何箇所も口付けては、滑らかで肌理の細かい肌に薄紅の刻印を散らしていく。その度にびくびくと躰を震わせるインテグラの反応を楽しみながら秘められた場所へと唇を寄せ、下着の上から舌を這わせる。

「あ・・・やめ・・・」

尖らせた舌先に花芽を捏ね回される刺激は下着越しゆえに切なく、しかしインテグラを昂ぶらせるには十分なものだった。

「相変わらず感度も良好だ。女は出産するともっと具合が良くなるらしいからな。楽しみだ。」

ほくそ笑む男の言葉に怒る余裕も無くなってきている。
心臓が早鐘を打ち始め、うっすらとパパラチアの色を刷いた褐色の肌を愛しむように這い回る手に、体中の全てが反応してしまう。
舌先にぬめりを感じ取り、アーカードはインテグラの下着を下ろしていく。小さな布きれとインテグラの間に透明の糸が出来て、やがて途切れた。
男が取り出した自らのものは、とてもインテグラの痩躯に納まりきれるものとは思えないほどの巨躯を誇り、猛り、脈打ち、宛がわれたインテグラは恐れ慄く。

「そう緊張するな。何度繋がったと思っている。」

揶揄する言葉に答えれば、それは数え切れないほどだった。そしてその行為の延長にあるものが今インテグラの中にある。

「ぅっ・・・」

圧倒的質量と圧迫感を伴って入ってくる男のものにインテグラが呻く。だがそれは甘い憂いを含んで男の欲望をさらに滾らせた。先端までゆっくり埋め込んで、アーカードは肉杭をインテグラの中に一気に突き立てる。

「ああっ―――――」

その瞬間にインテグラが躰を強張らせた。埋め込んだものをインテグラの内側が締め付けてくるのを感じ取ってアーカードが眉を顰めて問う。

「?・・・もう達ったのか?」

言葉にされてインテグラは顔を朱に染めた。

「だって・・・急に奥にあたっ・・・」

みなまで言えずに唇を噛む。

「ふむ、外見上は変わらんが妊娠で子宮口が下りて来ているのか?」

「馬鹿っ!!冷静に分析するな!!」

恥ずかしいやら腹立たしいやらで男の頬を殴りつける。もちろん握り拳でだ。

「悪かった、あまり突き上げない事にしよう。」

「そういう事じゃなくてだな・・・あっ・・・」

ソファの上に倒されて、浅く緩く出し入れされる。

「あっ・・・あっ・・・あっ・・・」

「もっと感じろ、インテグラ。お前が快ければ私も快い。」

艶を帯びた魔物の声は快楽を誘うように耳に吹き込まれ、理性もろとも意識を蕩かす。
硬く尖って存在を誇示しはじめた花芽を押され、摘ままれ、捏ねられてどうしようもなく感じてしまう。

「お前は中よりもこちらの方が感度が良いな。」

最奥を突き上げないそれに、もどかしくすらある漣のような快感が間断なく訪れ、小さな波が重なりやがて大きな波へとなってインテグラを呑み込んでいく。
昇り詰め、躰を強張らせた後ゆっくりと弛緩するルーティーン。穿たれたものを引き抜かれるその感触さえも敏感になった躰には酷なほどの快感だった。男のものはまだその力を全く失っていなかったのだから。
肩を揺らすほどの荒い呼吸をしながらインテグラは、汗ばんだ自分の頬に貼り付いている金糸を掬い取っているアーカードの手を取り、自分の頬へはり付ける。火照った顔に冷たい手が心地良い。

「お前・・・達ってない・・・だろう。」

インテグラのらしからぬ言葉にアーカードは無表情のまま器用に片方の眉を上げる。

「お前がそのような事を気にする必要はない。」

「何だ・・・それ・・・ずるいぞ。」

「ずるい?」

アーカードはやっとその美貌に訝しげ表情を浮かべる。自分が達していないことが何故ずるいという評価になるのか、この女は時々妙なことを言う。

「あー・・・どうすれば達ける?」

「お前を好きなだけ突き上げられれば。」

「馬鹿!!それが駄目だから聞いてるんだろう!!」

歯に衣着せぬアーカードの言葉に、思惑通り頬を赤らめながら上にある男の頭を拳で小突く。

「ふむ・・・ならばお前が自慰をしているのを見ながら私も自慰をすると言うのはどうだ。」

アーカードの提案にインテグラはにっこりと笑みを浮かべ、先ほどアーカードを小突いた手を枕の下にやり、取り出したものの先端をアーカードの眉間に押し付ける。

「愛器を変えたな主、スプリングフィールドか。」

「その通りだ従僕、ベッドに持ち込むものには安全性を考慮しなければな。機関オリジナルカスタムだぞ。なりは小さいが威力は中々のものだ。」

「ベッド用とは、ヘルシング機関の局長の寝所に夜這いを掛けられる人間が居るのかね?」

とぼけた言葉に作り笑顔を引き攣らせながらインテグラは言う。

「お前用に決まっているだろう。中は法儀式済みの銀弾だ。」

「わざわざ私専用に銃を作らせるとは可愛い事をするではないか。」

「お前・・・ひょっとして本当に馬鹿だろう?」

インテグラは眉を顰める。アーカードの馬鹿げた言い草にではない。視線を下にやると、まだ硬いそれが内腿にあたっていた。

「いつになったら萎えるんだ?」

「可愛いお前を前にしていて萎えるはずが無いだろう。」

「・・・人前でおっ立ててくれるなよ。」

「下品なことを言うお前もまた滾るな。」

「この変態!!」

この性欲大魔神を相手にしていて、はたして無事に子供を産めるのだろうかと今更ながら心配になる。
いや、逆に考えられないほど丈夫に生まれてくる公算の方が高い。




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