◆執着


 感じたことの無い快感に恍惚となる。
「やめろ」と声に出すことは叶わない。
牙を立てられている首筋から言いようも無い充足感が広がり、それまで感じていた苦痛が消え去る。
躰中の細胞という細胞が悦びに満ちているような感覚が、薄れていく意識の中でも鮮明だった。

 ベッドの上で目覚めたインテグラは真っ先に胸元をさすった。感じなれたはずのリボンタイの感触に、何故だか違和感が残る。考え事をする時の常で眼鏡の位置を正そうとした手は、眼鏡に触れることは無かった。

「?」

視界は鮮明で、気が付けばそこは窓も無ければ光源も無い全き暗闇のはずの部屋。それがくっきりと見て取れた。
そう気付いた瞬間に、怒涛のように記憶が蘇る。
仕事にしくじり、命を落とそうとしていたインテグラは人として死ぬ事を選んだはずだった。だから契約の代償として自らの亡骸を与えようと、あの化け物を呼んだのだ。決してこの世に未練があって・・・いや、 未練はあったが・・・永らえようとして呼んだのではない。
怒りと哀しみで握り締めた拳が震えた。

「こんなっ、こんな事を望んだのではっ・・・」

彼はインテグラを裏切ったのだ。最悪の形で。
暫くの間煩悶し、ようやくゆっくりと半身を起こす。致命傷を負っていた体のどこにも傷のある様子は無い。

「目覚めたか。」

聞きなれた声に視線をやる。たったひとつのドアの前に紅の長身が立っていた。
男は部屋の端にある小さなテーブルに寄り、持っていた紙袋を無造作に置く。

「気分は?」

「最悪だ。」

それだけ言うのがやっとだった。罵声を浴びせてやりたい感情を、本能が邪魔をする。
インテグラはその時にやっと初めて理解した。従僕であった者が、今や彼女の主となった事に。
以前のインテグラは彼の力を『恐れて』はいたが、『畏れて』はいなかった。だが今は違う。彼は今やインテグラにとって畏怖すべき相手だった。それを理屈では無く本能で思い知らされる。
ふと、甘い匂いに気付いて空腹感を覚えた。

「腹が減っただろう。」

言って、男が紙袋から出してテーブルの上に置いたのは、彼女がずっと彼に与えていた物。
インテグラは喉を鳴らす。逆らいがたい誘惑に、だが意志の力で伸ばしたい手を抑えつける。

「いらん。」

断言することで自分に止めを刺す。

「そうか。」

男はあっさり答え、たった今インテグラに勧めた物にストローを挿し、さも旨そうに吸ってみせる。
それを恨めしそうに見ている自分に気付いて慌てて視線を逸らした。

「何故だ。」

聞きたいことは山ほどあった。

「お前が今居なくなったらヘルシングはどうなる?」

正論で返す男にインテグラは口ごもった。

「それは・・・」

跡継ぎも残さず、死に瀕したとはいえ責任を途中放棄しようとした事は事実だ。一抹の後ろめたさは付きまとう。
だが。

「お前がヘルシングを慮ってくれたとでも?」

契約があるとは言え、そこまでヘルシングの血筋を心配する必要が彼にあるとは思えない。
くっ、と喉で笑ったのが聞こえた。近寄ってくる男に思わずベッドの上で後退さるが、その手に顎を捉えられる。

「この時を待っていた・・・とでも言えば満足かね?」

今や男の手が冷たいとも思わぬ自分も、体温の無い生ける屍。
顎から耳元、首へと滑る男の手に思わず肩を竦ませる。ぞくぞくと背筋を悪寒が奔る。

「ぁ・・・」

鼻に掛かった声が出てしまった口を思わず両手で塞ぐ。

「魔物というのは元来享楽的なものだ。退屈を凌げる楽しみと、食欲と、・・・性欲。」

撫でさする手から逃げようと身を翻した瞬間に押し倒される。

「や・・・」

圧し掛かられ、唇を同じもので塞がれる。押し入ってきた男の舌を噛み切ってやろうと歯を立てた。
つもりだった。
甘噛みし、自らの舌を絡めて応えている自分の行動に気付き、驚いて男を突き飛ばす。

「なっ・・・何でっ!?」

「言っただろう。魔物の本質だ。」

ニヤリと笑った男の舌がちろりと見えただけでぞくぞくする。下腹に妙なざわつきを感じてインテグラは自分の身を掻き抱いた。
―――――いったい、何がどうなって・・・
自分が化け物になった事は理解できても、その感覚は理解できなかった。
然もありなん。

「処女が一夜にして淫乱か。楽しみだ。」

ほくそ笑んだ男の顔が近付いて、首筋をねっとりと舐めた。
手はトゥラザースの袷を開き、下着の中へと滑り込む。淡い茂みの中に潜む花芽を探り出し、指の腹で捏ね回す。指先にそれが硬くなるのを感じて男はさらに強く刺激した。
躰中の神経がそこに集中したかのように鮮明すぎる感触。

「ああっ―――――」

足が攣りそうなほど突っ張らせ、躰を強張らせる。

「達ったか、頗る感度が良い。」

男は満足げに言いながら手を止めることは無い。

「んっ・・・んっ・・・あっ・・・」

夢中になってその感覚を追っているうちに、いつしか男の指に侵入を許していた。濡れた音を立てて、男の指が秘裂を出入りする。

「やっ・・・」

「腰が揺れているぞインテグラ。気持ちが良いなら素直になれ。」

「ちがっ・・・」

破廉恥にも男の指をもっと味わおうと突き出した腰を引いて頬を紅潮させる。
鉄の女の初心な乙女ぶりに男は加虐心を煽られる。未だ無垢な女は、だが確実に欲情しているはずだ。
夜族になったのだから。

「ふっ・・・んんっ・・・」

何とかその感覚から逃れようとシーツを握り締めるが、抵抗することは出来ない。声を抑えようと歯を食い縛れば、鼻から甘い吐息が漏れる。

「これでは足らんな。」

独り言めいた言葉を吐いて、男はインテグラのトゥラザースと下着を剥ぎ取ると、 膝を無理やり開きそこに顔を埋めた。あまりの暴挙にインテグラは狼狽するが、当然抵抗らしい抵抗は出来ない。
男はインテグラの秘裂を指で押し広げると舌を挿し入れた。びくりと跳ねる腰を押さえつけ、唾液を塗りたくり、なおも奥へと侵入させる。

「あっ・・・あっ・・・んんっ」

さらに花芽を捏ね回され、吸い上げられ、また脳を妬くような感覚を味わう。
体の震えが止まらない。どれだけ耐えてもそれは過ぎ去らず、インテグラを苛み続ける。
幾度達したかも分からない。ようやく開放されたインテグラは、取り出された男の猛りを初めて目の当たりにして、怖れとそれを凌駕する情動に混乱する。繋がりたいと言う欲望は彼女自身のものなのか、それとも主である男の影響なのか。
男は欲望の先端を宛がい突き入れようとするが、インテグラのそこは頑なだった。

「きついな。」

「痛い・・・無理・・・だ・・・」

メリメリという破壊音が聞こえそうな錯覚がするほどの苦痛に、快感に濡れていたインテグラの顔が歪む。だが男は当然やめようとはしない。

「すぐに快くなる。」

次の瞬間アーカードは無理矢理にインテグラを穿った。

「―――――っ!!」

あまりの苦痛に悲鳴さえ出ない。魔物になれば苦痛など無いのだと思っていた。
インテグラと深く繋がった男は、そのまま暫く微動だにしなかった。
痛みに徐々に慣れてきたインテグラが、やがてゆっくりと躰の力を抜く。しかしその行為はインテグラを激しく後悔させた。
身の内に異物が在る違和感が、別の何かに変わり始めたからだ。
否定しようとする心と、貪ろうとする躰が乖離する。

「いい子だ、インテグラ。」

名前を呼ばれるだけで泣きたくなる。ほんの少し、男が身じろぎしただけで背筋を電流が奔る。

「はっ・・・あんっ・・・」

出て行こうとする男の猛りを、そうさせまいと締め付けている自分の躰の動きが分かる。
その望みを叶える様に、引き抜かれる寸前で、また貫かれる。
頭の中が真っ白になるほどの強烈な感覚。
そうして幾度も内側を擦り上げられ、奥まで突かれながら受ける口付けがさらに情欲を煽る。

「はっ・・・ふっ・・・あっ・・・あぁっ・・・んっ・・・くっ・・・」

言葉にならない声を吐き出しながら、インテグラは目も眩むばかりの快楽を貪欲に味わう。

「お前は私のものだ、インテグラ。」

いったい何時間そうしていたのかも分からない。
そうして眠って、起きるとまた男はインテグラを苛んだ。
どのくらいの日々を過ごしたかも分からなくなった頃、ふと目覚めたインテグラの横に、男の姿は無かった。
綺麗にメイクされたベッドと、自分の着衣を見て可笑しくなる。あの男がやったのかと思うとインテグラは笑いが止まらなくなった。
ひとしきり笑って、笑いながら泣いた。化け物でも涙は出るのだと知る。
男の執着が、怖ろしくも哀しかった。




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