◆変奏曲―variations―


 全弾をターゲットの左胸に撃ち込んで、しかし不満そうにインテグラはゆっくりと息を吐いて空になったマガジンを抜き落とした。やはりベレッタは少し重い。
女性的なフォルムのオートマティックも、標的に当てる事は出来るがまだ15歳の少女の肩に負担が大きかった。 彼女が求めているのは決して護身用の銃などでは無い、相手を確実に抹消する道具。しかし破壊力は大きく無くても良い、正確に心臓を撃ち抜けさえすれば。
―――――シグはグリップが大きくて手に余る。あとはコンパクトさで言えば・・・
そう考えながらベレッタに新しい、練習用の物ではない法儀式によって洗礼された水銀入りの実包が入った弾倉を装着してセーフティボタンを押す。耳あてを外そうとした時に隣のブースからぬっと腕が生えたので、慌てて耳あてをしっかりと付け直し、さらに上から手で押さえた。
赤い衣を纏った長い腕の先には白銀に光るオリジナルカスタムのオートマティック。リボルバーでなくても454カスール弾の使用に耐えるように頑丈に作りかえられた、銃身も重さも馬鹿みたいに大きい銃だ。インテグラには構える事はおろか持ち上げる事すら難しい。たとえ構える事が出来たとしても、引き金を引いた瞬間に反動で肩が外れるか、後に壁でもあったらそのまま叩きつけられ、運が良くて全身打撲と骨折、悪ければあの世行きだろう。
そんなことは微塵も感じさせない仕草で、その銃の持ち主はごく軽い動作で引き金を引く。普通の2倍以上は使われている火薬の爆発音が耳あての奥の鼓膜までも叩いてインテグラは顔を顰めた。
反動でほんのわずかに銃身が跳ねた瞬間、視線を移せばターゲットは哀れにも粉々。隣で銃を下ろされるのを目で確認して耳あてを外し、ブースを出ると男が立っていた。
見上げる場所に白く美しい相貌。その紅玉のような瞳は丸いレンズのサングラスに今は隠され、まっすぐに通った鼻梁と酷薄そうな薄い唇でしか表情を読み取ることは出来ない。

「中々の腕だ。」

インテグラの撃った標的を見ながら男が言う。

「お前に言われても嬉しくない。」

インテグラは知っていた。木っ端微塵になった標的は、確認のしようがないがきっと全弾眉間の真ん中を撃ち抜かれていただろうからだ。

「司令官は命令していれば良い、銃の腕を磨く事は無い。」

インテグラは苦笑する。
―――――司令官?私が?
組織はすべて亡き父から受け継いだ物で、隊員たちとて自分に好き好んで仕えている訳ではない。名目上ではインテグラはヘルシング機関の局長だが、現在実質的に命令系統のトップにあるのはウォルターと実働部隊の隊長で、自分には判断する力がまだ無い。父は色々な事を教え遺してくれたが、インテグラ自信が経験を積むにはまだ時間が圧倒的に足りていなかった。
だがそんな弱音を下僕に向かって吐いてやるつもりは無い。

「お前や部下達がミスをして私に危険が及ばないという保証は無い。それに、」

いったん言葉を区切って男の顔を見上げる。

「私がお前を撃つ羽目にならない保証も、」

全部は言えなかった。最後の言葉は男の口の中に呑み込まれたからだ。

「怒らないのか?お嬢さん。」

すっぽりとインテグラを抱き込んで、にやりと笑う男にこちらも笑ってみせる。

「怒らせたいんだろう、お前は私を。アーカード?」

インテグラにしてみればこの男のために一喜一憂してやるのは業腹だったのだが、その期待の裏切り方は返って男を喜ばせた。男は口元に笑みを深く刻むとなお一層激しくインテグラに口付ける。食いしばる歯を顎を掴んで無理やり開かせて、インテグラの舌を自らの舌で弄る。吸血鬼の口付けにどんなに抗おうとも、脳髄が痺れて理性が蕩けそうになる。が、さすがにスカートの中の足を弄られてインテグラはうろたえた。

「だっ・・・駄目だ、こんな所で。」

今日の実働部隊の練習カリキュラムは終了しているが、隊員たちが個人的に練習するのにこの地下射撃場に来ないとは限らない。

「こんな所で無ければ良いのか?」

揚げ足を取られて、懸命に抑えていた怒りに火が着く。

「離せ!!命令だ、今すぐここから消えろ!!」

主を怒らせる事に成功したアーカードは笑いながらそこから立ち去った。もちろん、出入り口ではない場所から。
―――――またやられた。
あの戦闘狂が退屈しのぎに自分をからかっているのは分かっている。だから何とか冷静に話をしようと思うが、いつも感情的になってしまう。これで司令官と、主と言えるのか。
執務室に戻って椅子に座ろうとして、失礼な下僕のせいでうっかり忘れかけていた考え事を思い出す。
デスク上の電話の内線ボタンを押すと、すぐに執事が出た。

「ウォルター、PPKが欲しい。もちろん対化物用の実包と一緒に。」

『ワルサーPPK/Sでございますか?』

執事は怪訝そうに聞き返す。

「そうだ、ベレッタは重過ぎるし邪魔になる。」

『は、しかし・・・』

「頼んだぞ。」

執事の言葉を遮り、インテグラは話を無理矢理終わらせた。どうせ、執事もあの男と似たような事を言うのだろう。

『承知いたしました。すぐに手配いたします。』

インテグラの気持ちを察したのか執事がそう応じたので通信を切る。電話に向かって背伸びしていたインテグラは、それでようやく椅子に座った。
椅子は大きすぎて、身に余る今の立場を実感させた。



 カスタマイズされたPPKは、それから三日とせずに執事からインテグラに渡された。手に馴染むその大きさにインテグラは満足したが、いくら小さな銃とは言えポケットに入れて持ち歩くわけにはいかない。

「インテグラ様、こちらを。」

相変わらず気の利く執事はちゃんとホルスターも用意してくれていた。それを受け取って肩に着けてサイズを合わせていると、ウォルターが慇懃な物腰で胸に手を当て腰を折った。

「お嬢様、そろそろ何を考えていらっしゃるのかお教え頂けませんでしょうか。」

幼い頃からインテグラを知っている執事は、自分の浅はかな企みなどお見通しなのだろう。どちらにせよウォルターの協力無しに自分が勝手な事をすれば皆に迷惑が掛かる。

「現場に行きたいんだ。」

インテグラの言葉に執事が顔を顰める。珍しいことだ。

「化け物を狩る現場に、でございますか?」

「私はただここで命令を下すだけの司令官にはなりたくない。現場を見て、それで判断したい。もちろん自分の分はわきまえているつもりだ。 実働部隊と一緒に突入すると言っているわけじゃない。足を引っ張りたくないしな。」

「それで拳銃という訳でございますか。」

「うん、役立たず以下にはなりたくない。」

執事はインテグラの強い眼差しを見ると、こっくりと頷いた。

「承知いたしました。その際には私もお供させて頂きます。」

たとえ反対されたとしても折れるつもりは全く無かったが、あっさりと得られた執事の賛同は存外の喜びだった。

「有難う、ウォルター。」

相好を崩すインテグラに、ウォルターは複雑な笑顔を返した。




 『お嬢様、警察長官よりお電話が入っております。』

執事からの内線に、ついに来たかとインテグラは電話を外線に切り替える。
こんな時間に来る警察からの用件はもちろんヘルシング家の任務に関するもの。つまり化物の抹殺に他ならない。
警察長官からの型どおりの依頼を聞いて返事を返し、外線を切ったインテグラは再び内線のボタンを押した。

「ウォルター。」

『承知いたしております。』

一を言えば十を知る執事との会話は一瞬で終わり、内線を切ってふうっと息をひとつ吐いたインテグラは、彼女の下僕の名を呼んだ。間もなく、どこに居たものか今夜は天井から現れた男にいつもとは違う命令を下す。

「留守を頼む。」

「何?」

聞き返したアーカードに、下僕を驚かすことに成功したインテグラは満足気な笑みをこぼす。

「今夜の獲物は大した奴じゃないらしい。私は現場に行くがお前は来なくて良い。なので、今回はお前の出番は無い。了解?」

「・・・命令を認識した。」

憮然と言ったアーカードをふふんと笑ってやる。今日は勝ったと妙な優越感を感じながら、足取りも軽く正面玄関に降りていくと執事が待ちかねていた。

「こちらでございます、お嬢様。」

エントランスの前に置かれていたのは英国が誇る名車ロールスロイスのシルバースピリット。グリルのデザインが戦いの女神アテネの神殿を模している事はあまりにも有名だ。

「ガラスは全て防弾、こう見えましても実はボディには装甲板も入っております。」

「頼もしいな。」

執事の開けたドアからインテグラが後部座席に乗り込むと、運転席に乗り込んだ執事が車を発進させた。車を走らせる事30分ほど。郊外の民家に現れたその化け物に、家人はすべて殺されたようだった。
実働部隊の車両が民家を取り囲み、車両の陰からはスナイパーたちが民家に照準を合わせる。そこに場違いなロールスロイスが現れて現場は騒然となった。後部座席から降り立った褐色の肌の少女を見て、今日の担当である実働部隊の分隊長が走り寄る。

「どうなさいました?局長。」

「状況は?」

質問には答えずインテグラは隊長に疑問符を投げ返した。

「は、はい。本日2・0・0・6に連絡を受けまして、2・0・1・6に出動、 2・0・4・8に現場到着。ただいま包囲を完了したところです。」

インテグラが腕の時計を覗くと、20時55分。早起きの化物だ。

「私の事は気にしなくて良い、持ち場に戻ってくれ。」

分隊長は躊躇しながらも一礼してその場を離れる。ウォルターも傍に居る事であるし、間違いは無いと判断したのだろう。しかし隊員たちには多少の浮き足立ちはあるかもしれない。現場に来たいと言ったものの、なるほど自分がこんな所に突っ立っていたら隊員たちもさぞやり難いだろう。インテグラは再び後部座席に乗り込み、車内から視察する事にした。
包囲を完了して15分。予想に反して実働部隊は苦戦していた。郊外とは言えまだこの時間だ。隣家は数百メートルほど離れてはいたが、民家に対する物々しい包囲が長時間続くと周りの住民も気付いて騒ぎ出すかもしれない。

「ウォルター、行ってくれ。」

「はっ、しかし・・・」

「あの包囲網をくぐってこちらまでは来ないだろう。それに、いくら化け物でもそう簡単に壊せる車でも無さそうだし、早急に任務を完了させる事が最優先だ。」

「かしこまりました。」

執事が車を出るとインテグラはすべてのドアをロックした。化物が恐いからではない、足を引っ張るのが嫌だからだ。
くっとアーカードの笑う声がしたような気がした。
怪訝に思って窓越しに外に向けていた視線を中へと向ける。振り返れば防弾ガラスも装甲板も関係の無い化け物がそこに居た。

「アーカード!!」

長い足を組んで座る白皙の美貌の男はインテグラの叫びに唇の端を吊り上げる。

「大した獲物ではない。のでは無かったのか?」

インテグラは反論できずにそっぽを向く。

「確かに私が出るほどの相手ではないが、それにしてもこんな所で見ていて何か勉強になるのか?主。」

「・・・勉強に・・・ならなくは、無い。」

本当なら最前線まで行って見たかったが、それは自分の我が侭でしかない。
結局、何も出来ていない自分が悔しい。ぎゅっと握り締めたスカートが皺になった。

「人にはそれぞれ役目というものがある。お嬢さん。」

無視するように外を凝視するインテグラの顎に手を沿え、男は無理やり自分の方を向かせる。

「私の役目はお前のお守りだとでも言いたいのか?」

睨みつける少女の唇を死人の唇が覆う。どきりとして窓の外に視線を戻すと男が含み笑った。

「外の奴らがこちらを見ている余裕などあるまいよ。よしんば見たとしても、」

男は言葉を切ってコツコツと窓ガラスを叩く。

「スモークガラスだ、外からは見えない。」

言ってまた、噛み付くようにインテグラに口付けて、頬の内側の粘膜や歯茎を舐めて舌を絡ませる。

「んっ・・・」

鼻から吐息が漏れ、カラメル色の頬に朱が上る。狭い空間のせいで、いつもよりも自分の漏らす音が鮮明に鼓膜を叩いた。やっと唇が開放されたと思えば、スカートの中の内腿を撫ぜられる。

「っよせ・・・」

と言ったくらいで引き下がるような下僕ならインテグラも苦労は無い。
男は主の言葉を無視して上着とブラウスの間に手を潜り込ませ、脇を撫で上げるように手を滑らせる。
ふと男が眉を顰めた。

「お前みたいな不埒者を退治するためだ。」

インテグラの脇の下でホルスターに入れられたPPKのグリップが鈍く光る。

「私のような・・・か。」

ほくそ笑み、アーカードはインテグラの下着の上から秘裂をなぞる。 敏感な部分を通り過ぎていく僅かな感触に下腹がひくりとなった。

「試しに退治してみてはどうかね?」

花芽を探り当て、指で押さえつけ捏ね回す手を止めようと掴んだが、力で適うはずも無く。下着の隙間から侵入してきた指が秘裂に挿し込まれても抵抗できない。

「っ・・・く・・・」

手袋が蜜を吸って、出し入れされる指が軋む。せめてもの抵抗に声を抑えるが、返って体に力が入る。

「随分と感度が良くなったな。」

満足げなアーカードの感想に身の置き所も無い。幾度もの夜を過ごし、インテグラの体はアーカードの愛撫に容易に反応するようになっていた。それでもただ快楽に身を委ねたくは無い。
懸命に足を閉じようとするインテグラの足をこじ開け、その間にアーカードは腰を割り込ませる。

「強情を張るな、あちらが終わる前に終わりたいだろう。」

アーカードが顎で示した先には実働部隊やウォルターがいる。仕事が終われば当然ウォルターはすぐに戻ってくるだろうし、分隊長もインテグラのもとへとやって来るだろう。

「それとも、ウォルターに見てもらうか?お嬢様の痴態を。」

にやりと笑いながらアーカードは手袋を外し、わざと音を立てるように秘裂を弄る。その音が耳を塞ぎたくなるほど車内に響いた。中を弄られながら硬くなった花芽を指で捏ねられると、無意識に腰が跳ねてしまう。びくともしない男の腕を握っているどころでは無くなって、懸命に自分の口を塞いだ。
ぐりぐりと奥まで指を差し入れ中まで十分に潤っている事を確認すると、男はそこに硬く屹立した自らのものを宛がった。狭い入り口の花弁を散らさんばかりに押し広げ、抵抗をものともせずにインテグラの中に収めていく。

「・・・っん・・・」

燃えるようなインテグラの内側と対照的に、死人である男のものは異様に冷たい。それが自分の身の内の蠢動までをはっきりと感じさせる。

「は・・・やく、終わら・・・せろ。」

インテグラの求めに応じ、動こうとしたアーカードの頭が天井に当たる。決して狭い車では無いのだが大柄なこの男の身長ではあまりにも窮屈だ。眉を潜めたアーカードは、インテグラと繋がったまま体の場所を入れ替えた。自分が座席に座り、その上に向かい合ったインテグラを跨がせる。

「やっ・・・」

自重でアーカードのものに奥まで貫かれ、インテグラは思わず腰を引く。それを抱き寄せて引き戻すとアーカードは腰を揺り動かし始めた。

「あっ・・・っ・・・んんっ・・・」

激しく揺さぶられる度にインテグラの口から吐息と共に切なげな声が漏れる。口を両手で塞いでも甘やかな吐息は鼻から漏れた。濡れた粘膜を擦り最奥を刺激するアーカードのものに纏わり付いて出たインテグラの蜜が、濡れた音を室内に響かせる。抽挿を早めながら花芽を捏ねられて躰が跳ね、インテグラの内側が収縮するのと共にアーカードのものが硬さと質量を増す。
インテグラがひときわ大きく震え、体の内も外も弛緩させる瞬間に男は欲望を放った。ぐったりと体を預け、時折びくびくと小さく痙攣しているインテグラの額や頬に男は口付けを降らせていると、少女が荒い息の下から言う。

「早く、消えろ。」

こんなになってもまだ、自尊心の方が勝つのか。だからこそ興も乗るというものだが。
アーカードが文字通り消えるのを横目に見ながら、インテグラは懸命に息を整える。髪を手櫛でなでつけ、乱れた衣服を正し、しゃんと背を伸ばして窓の外を睨み付けた。
おりしも執事が走り寄ってくる。

「大丈夫でございましたか?お嬢様。」

「うん?」

「お顔の色が優れないようでございますが。」

「いや、そんな事は無い。大丈夫だ。」

そっちはどうだと聞いて、無事の任務完了を確認する。いや、完了ではない。即時撤退が鉄則だ。

「急ごう。」

即座に乗り込んだ執事の淀み無い運転でスムーズに発進したロールスロイスはその日の現場を後にした。
気取られずに済んだ事にほっとしながら、インテグラは金輪際スカートを穿くのはやめようと決めた。



 ウォークインクローゼットの中を隅から隅まで眺めて溜め息を吐く。
自分のクローゼットを見ながらおかしな話だが、どうやらトゥラザースは一着も無いらしい。クローゼットの中にはインテグラが一度も袖を通したことの無いような可愛らしいワンピースやドレスブラウスなどまでが所狭しと掛けられていたが、お目当てのそればかりは無かった。
仕方無く、素直に執事を頼むことにする。
部屋のインテリアに合わせてアンティーク調に仕立てられた電話の受話器を取り、無粋なボタンなどでは無く優美な円を描くそれで執事の部屋の番号を回す。ほどなくして出た執事はすぐにインテグラの部屋へとやってきた。

「スーツが欲しいんだ、スカートじゃないのがいい。」

「かしこまりました、それではすぐにヘリの準備を。」

「ヘリ!?」

意味の分からない2段階論法にインテグラは目を丸くする。なぜスーツが欲しいと言ったらヘリの準備になるのだろう。

「はい、フランスに飛びますので。」

当然といった風に執事は言う。

「フランス?」

「ディオールが宜しゅうございますか?それともラクロワなどは?」

「ちょっ、ちょっと待て、誰もオートクチュールなどは頼んでいない。」

「では何処に発注なさるおつもりで?」

インテグラは自分を落ち着かせるためにひとつ息を吐いた。そもそもクローゼットの中身は大概がこの執事の仕業なのだろうから今さら驚くことも無いだろう。

「国産の既製品で良い。」

インテグラの言葉に執事は眉を顰めた。

「機能性が悪いとの理由でパンツスーツをお求めでございましたら、既製品はお勧め出来かねます。やはりきちんとサイズを測って作ったものの機能性には適いません。」

「それは、そうだろうが・・・」

やり込められかけた時にインテグラは閃いた。

「じゃあお前が使っているティラーが良い。うん、そうだそれが良い。」

「は、しかし・・・」

まだ何か言おうとする執事に満面の笑みを向けて止めを刺す。

「お前が使っているんだから動きやすさも品の良さも申し分無いだろう。」



 翌日やってきたマイスターは、いかにも神経質そうな眉と引き結んだ口元が意志の強そうな、正しく職人といった風情の初老の男性だった。媚び諂う様子も無く、だからと言って無愛想でも礼儀を損なうことも無い態度にインテグラは初対面で好感を持った。

「ウォルター様よりお聞きと思います。採寸の際は下着になっていただきますが宜しゅうございますか?」

正確に測るために出来るだけ裸に近い格好でという希望は認知していた。今日は採寸しやすいようにと朝、イザベラに髪もアップにしてもらった。
インテグラのもとにマイスターを案内してから、準備をすると言って席を立ったウォルターが戻ってきて、客間に誂えた採寸室へと二人を案内する。

「わたくしはドアの外に居りますので何かございましたらお呼び下さい。」

そう言ってウォルターが部屋を出ると、さっそく部屋に用意されていたパーテーションの後ろでスカートを下ろしてブラウスを脱いだ。スリップドレスを脱ぐべきかどうか迷ってマイスターに声を掛ける。

「あの、これで良いですか?」

「十分でございます。」

頷いたマイスターのもとに行くと、さっそく採寸が始まった。
準備の良さもそうだが、さすが熟練の技と言うべきかその動きには一切の無駄が無く、随分細かく沢山の場所を測られたと言うのに本当にあっという間に終わった。
服を着て、再び応接間に戻る。

「デザインやお色などのご要望はございますか?」

デザインなどと言われても、あまり服に興味が無いのでイメージすら湧かない。その代わり、色だけふと思いついた。

「緑、フィヨルドの濃い森林のようなアースグリーンで。デザインはお任せします。」

「かしこまりました。それでは1ヶ月、お時間を頂きます。」

そう行って一礼するとマイスターは席を立った。
1ヶ月。それがオーダーメイドの服を作るのに果たして長いのか短いのかインテグラには分からない。今日の採寸を元に型紙を作り、それに沿って布地を切り縫製する。それぐらいの知識しかないのだから当然といえば当然だ。

「すごいな。」

わざわざエントランスまでマイスターを送りに出たインテグラの呟きにウォルターが首を傾げる。

「何も無いところから何かを作り出す人も居れば、私のように壊す事しか出来ない人間も居る。」

「お嬢様。」

「でもきっと、自分の仕事に誇りと信念を持っているのは私もあのマイスターも一緒だ。」

インテグラは自分に言い聞かせるようにそう断じる。
自らの手を汚して勝ち取った使命。異形の者を使い、かつて人であったものを破壊し葬るという汚れ仕事であってもそれは、インテグラにとって国を護るという誇るべき仕事だ。
ただその誇りに、今はまだ自分の技量が追いついていないことも充分知っていた。



 午後は執務室で書類の整理をやって夜は早々と自室に下がった。
今宵は新月。今までの経験から言えば化け物たちはあまり出没しない。こういう日にこそ休養を取っておくことも 仕事のうちだ。とは言え、敵がいつ現れるとも知れないので油断は出来ない。いつもの様にすぐに着替えられるように準備をしてからインテグラはシャワーを浴びる。そう、こんな新月の晩に出るのは外の化け物などでは無い。
濡れ髪をタオルでぬぐいながらバスルームを出たところで、予想通り現れた黒い影にインテグラは冷たい視線をやる。

「私は呼んでいないぞ、何しに来た。」

この化け物を相手にするには虚勢にしても強く出ることにした。もちろん彼にとってみればインテグラなど赤子同然ではあるだろうが自分は曲がりなりにも主人だ。
インテグラの質問には答えず、アーカードは無表情に言った。

「無防備に人に体を触らせるな。」

「・・・?」

突然言われて意味が分からず、インテグラは少し考えて眉を寄せる。今日インテグラの体に触れた人間と言ったらイザベラとあのマイスターだけだ。

「ウォルターの御用達だぞ、危険は無いと思うが?」

主人の身の危険を案ずる従僕への答えなら至ってまともな答えだが、もちろん彼女の従僕はあのマイスターが彼女に命の危険を及ぼす事を心配していたわけではない。

「私以外の男に躰を触らせるなと言っている。」

「は?」

訳の分からない苦情に今度こそインテグラは声を上げた。

「何を言ってるんだお前?父が生きていたとしてもあのマイスターの方が年上だぞ?」

「私からすれば若造だ。」

この男より若造じゃない人間がこの世のどこに居ると言うのだろう。

「だったら私など赤ん坊同然じゃ無いか。」

「赤子は突っ込まれて快がったりはしないがね。」

すかさず殴ろうとしたインテグラの拳は、アーカードの顔に届く前に白い手袋に受け止められた。

「わざと下品な言葉を選んでいるのかお前は。」

「事実を端的に述べただけだが?」

言いながら、男は掴んだ手を手首に持ち帰ると無造作に持ち上げた。身長差のせいで少し持ち上げられるだけでつま先が床から離れそうになる。それでもインテグラはアーカードを睨めつけたが、そんな態度が余計に男の征服欲を刺激する。
男は口の端を吊り上げて笑みを作ると、インテグラのブラウスの襟元に指を入れて無造作に下ろした。指が袷にそって下りていくのと同時に全ての釦が弾け飛ぶ。
露になった褐色の肌の、まだ硬いふくらみを覆う純白の下着をたくし上げて頂を指先で捏ねると、アーカードを見据えていたサファイア色の瞳が伏せられた。

「どう言葉を飾ろうともやっている事は同じでは無いかね?主。」

ゆっくりと手を移動させながら滑らかなカラメル色の肌の感触を楽しむ。

「お前は私を飼い慣らす為にその躰を開き、私はそれを甘んじて味わう。」

スカートの留め金を外し、わざと時間を掛けてジッパーを下ろす。微かな音を立ててスカートが床に落ちると、 秘められた部分を覆い隠す絹の下着に手を挿し入れ、厭らしく蠢かしながらいつになくアーカードは饒舌に言葉を続けた。

「お前の濡れた肉の狭間に私のものを突き立て、中を擦りながら出し入れを繰り返し、奥を突き上げる。これをどう表現すれば納得するのかね?」

花芽への容赦ない刺激を受けながら、インテグラは恥知らずの化物に何と言ってやれば良いものか懸命に考えた。 だがこの世に何百年も存在しているような老獪な化け物に、ぐうの音も言わせないような言葉を見つけられる筈も無く。そのうちに、長い浮世の中でいったい何人の女をかどわかしたのかも分からないその手管に頑強な意思も蕩けていく。
主人が無抵抗になったところでアーカードは彼女の体を抱き上げベッドへと横たえた。そうした途端にインテグラが躰を硬くする。これから下僕の手によって彼女に与えられるものが快楽だとしても、否、快楽だからこそ恐怖だった。
神聖であるべき生殖行為を快楽のみの為に反キリストの化け物と交わるという、堕落した行為。
人間のくせにそれと知りながら化け物に身を任す。化物に身を任せているくせに血を与えて化け物になる気も無い。人にも、化物にも、卑怯な自分。

「インテグラ?」

呼ばれてはっとした。頬を伝う感触に慌てて目をこする。

「なんだ、するなら早くしろ。今日は早く休みたいんだ。」

「私に抱かれるのがそれほど屈辱か?主よ。」

アーカードの口調がいつもの嘲る様な口調ではなかったから余計に涙が出た。

「違う・・・」

嘘つきな自分より嘘をつかないアーカードの方が余程潔い。

「どうすればいい。どうなればいい。何になればいい。」

インテグラは両手で顔を覆う。何故こんな泣き言を下僕になんか言っているのか。こんなだから駄目なのに。

「何を言っているんだ私は。」

アーカードはインテグラの両手を掴み開かせる。濡れた金色の睫に縁取られたサファイアと、燃えるような色でありながら冷たい硬質のルビーの視線が通いあった。

「お前は私の主だ、他の何者に成ろうと言うのだ。」

インテグラ自身が他の何者にも成るつもりは無いのだから。

「私はちゃんとヘルシングに成れるだろうか。」

アーカードは応えずにインテグラの胸元へ唇を寄せた。そんな質問は愚問だとでも言うように。



 きっかり30日後、マイスターはインテグラの新しい服を持って自らヘルシング邸を訪れた。
さっそく袖を通して感嘆する。軽いし動きやすい、かといって部屋着のようなルーズな印象も無い。上品なアースグリーンのスーツはインテグラの体にしっくりと馴染んだ。暗めの色合いは地味なようにも思われたが、月光色の髪によく映えた。

「ありがとうマイスター、とても良い仕上がりだ。」

「それは良うございました。それでは替えに同じものをもう一着ご用意させていただきましたが、これも置いていってよろしゅうございますな?」

マイスターは仕事の出来に満足した風で初めてにこりと笑った。控えていたウォルターも頷く。
インテグラの制服とも言えるこのスーツとその作り手との、これから長い付き合いの始まりだった。




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