◆JackThePAMPKIN
その日の夕暮れ、練習場に中々出てこないワイルドギースたちを迎えにセラス・ヴィクトリアが宿舎を訪れると、数ヶ所に大小の穴があけられた大量の巨大カボチャがそこら中に転がっていた。
「なっ、なんですか?コレ。」
ちょうどいそいそと通りかかったベルナドットに訊ねると、呆れ口調で言われる。
「何って、なにすっとぼけてるんだ嬢ちゃん。今日はハロウィーンだろ。」
「え?ああ、そういえばそんなイベントがありましたね。隊長さんたちって実はカトリックだったんですか?」
セラスの問いに大笑いしながらベルナドットが否定する。
「あっはっは・・・まさか!!んなわけねぇじゃん。」
「はぁ。」
どうやら彼らはどんちゃん騒ぎが出来るなら何でも良いらしい。
「しかし嬢ちゃん反応イマイチだなあ。つまんねえの。」
ちょっと残念そうにベルナドットが言うが、言われるまで本当にそんなイベントの事など頭に無かった。
「ん〜、カトリック圏ではポピュラーなお祭りみたいですけど、プロテスタントの間ではそうでも無いんじゃないですかね?」
とりあえずセラスの居た施設ではそれらしきイベントは無かったように思う。
「そう?でもさっき菓子屋が大量に菓子を配達していったぜ。」
「えぇ?本当ですか?」
まさかお屋敷あげてハロウィーン?いやいやまさか。インテグラならばきっと「下らん」と一蹴するに決まっている。ベルナドットが何か勘違いをしているに違いない。
「あ、嬢ちゃん疑ってるだろ?」
「あはは・・・まあそれは置いといて、このカボチャってどうするんですか?」
足元にごろごろと転がる、食べても美味しそうにない巨大カボチャたちを指差して聞く。
「なんだ、ジャックを知らねぇの?嬢ちゃん。」
「見たことはありますけど・・・」
「これを被っておねだりしに行くんだよ♪」
「おねだりって、誰にです?」
「もちろん。」
ベルナドットが満面の笑みで、機関の本部でもあるお屋敷の上階の方向を親指で指差した。
「たしか、それって子供がやる事じゃなかったですか?」
「家主と店子、雇い主と雇われ兵士は親子も同然!! ってわけで俺たちゃ子供!!」
などという訳の分からない論理を駆使してベルナドットが力説する。
「手酷く追っ払われるのがオチなような気もしますけど・・・」
「なぁに言ってんだよ、ハロウィーンだぜ?聖人を祀る日イブだぜ?昔っからお金持ちの家を狙って行ってたけど、この日ばかりは何も貰えずに追い返されたことは無い。」
最後は苦笑気味にベルナドットは言った。
「隊長さん・・・」
「いつもなら俺たちなんか寄っつきも出来ねえ金持ちたちもよ、ハロウィーンばっかりは聖人サマに恥じない行いをするためにせっせと施して下さるだぜ?金の無え家になんて行っても無駄だから、なるだけ大きいお屋敷を選んで行ったもんさ。」
まあ中には酷え家もあったけどな。とベルナドットが笑い飛ばしてくれたので、セラスもかろうじて笑うことが出来た。
―――――うん、ここはこっそりインテグラ様にお願いしに行こう。あんまり冷たく追い払わないで下さいねって。
「んじゃ嬢ちゃん、俺たちゃ今から仮装しなくちゃなんねえからよ。」
忙しいんだとカボチャを抱えて奥へ戻っていくベルナドットを見送り、セラスは宿舎を出た。
―――――でもあの人数のカボチャ男たちに襲撃を受けたらご機嫌を損ねそうだなあ。
ワイルドギースは本日の練習サボり決定。さて自分はどうしよう。
そんな事を考えながら歩いていたセラスの目の前を、今度は大きな箱を抱えたウォルターが横切った。
「ウォルターさん!」
呼びながら駆け寄って、箱をひょいと取り上げる。
「手伝います。」
「おお、これは婦警殿、助かります。」
「どちらまで?」
「では正門の警備員詰め所までお願いいたします。」
言われて歩くと箱の中身はガサガサ音を立てた。
「なんですか?これ。」
「はい、子供たちに配るお菓子でございます。」
にっこりと言ったウォルターにセラスは文字通り目を丸くする。
「ひょっとしてハロウィーンのですか?」
「左様でございます。」
ウォルターが頷いたところで詰め所に着いた。
警備員への詳しい説明も無く箱がスムーズに受け渡しされたところを見ると、どうやら通例の行事であるようだ。
特に目的も無いまま、屋敷の方へと戻っていくウォルターの隣を歩く。
「なんか、意外です。」
ウォルターはセラスの言葉に、問い返すでもなく微笑んだ。
「昔はそうでも無かったのでございますが、ここ数年でこの行事もずいぶんと定着いたしましたようで・・・このような街外れまで訪れる子供たちを無下に追い払うのも可哀相ですし、だからと言ってお屋敷に入れるわけにもいきませんのでこうして門の前で配るのでございますよ。」
「ああ、じゃあウォルターさん発案なんですね。」
「まさか、そのような僭越な。」
「え、じゃあ・・・」
「はい。」
にっこりと笑ったウォルターに、セラスは恥ずかしくなった。
「すいません。私インテグラ様の事を誤解してました。」
勝手に決め付けていたことを反省して縮こまるセラスにウォルターは優しく言う。
「どうぞお気になさいませんよう、あまり本音をお見せになる方ではございませんから。」
背後から、きゃあきゃあと子供たちの声がする。トリック・オア・トリート、いたずらお化けたちはお土産に満足してくれるだろうか。
ふと屋敷を見上げると、執務室の窓にインテグラの姿が見えた。人ならざる目にはいつも峻厳な表情を崩さない彼女の顔に、優しい笑みが刻まれているのがはっきりと見て取れた。
セラスに気付いたのかすぐに引っ込めてしまったが。
さて、ワイルドギースの襲撃計画だがセラスが上申するまでも無く、インテグラはとっくにお見通しだったらしく大柄なお化けたちは首尾良く今夜のバカ騒ぎの酒と肴を手に入れたようだ。
セラスもお呼ばれして開かれたハッピー(何がハッピーなのか 良く分からないが)ハロウィーンパーティーでは、インテグラが大盤振る舞いした高級な酒の数々を飲み比べてみんなすっかりご満悦だ。
こんな日に限って本物のお化けが出たらどうするのだろうと思ったが、聖人を祝う日の前後の街は敬虔な祈りに満ち溢れていて、化け物たちはあまり行動できないのだそうだ。返って馬鹿騒ぎのせいで羽目をはずす人間が増えて警察の方が大忙しらしい。
「確固たる信念と臨機応変な柔軟性を兼ね備えているトップってのは理想だが中々居ないぜ。まあ、あれでもうちいっと色っぽい格好でもしてくれるとサイコーだけどな♪」
心地の良い酔いに任せてガハハと笑ったベルナドットは次の瞬間、大口を開けたまま固まった。セラスに腿をつねられて肉を引き千切られんばかりの痛みを味わったからだ。
「じょっ、嬢ちゃあん・・・」
「もう!隊長さんなんか知りません。」
上司に対する侮辱的な言葉に腹が立ったのか、それとも。
「はいはいそこイチャイチャしなーい。」
「いっ・・・イチャイチャなんてしてませんから!!」
ギース達に囃されて、セラスはすっくと立ち上がる。
「どこ行くんだよ嬢ちゃん。」
「酔っ払いの面倒は見きれません!」
「悪かったよう、もう下品なことは言わねえからさ。こんなむっさい野郎どもばっかじゃ酒がまずいって。」
「むさい筆頭の隊長がよく言うぜ。」
「違えねぇ。」
「何を、俺みたいな美男子捕まえてむさいとは何だむさいとは。」
ガーガーガーガー、ガチョウ達はいつにも増して騒がしい。
そんな中、一人の男の出現によって酒瓶や肴の残骸があちこちに転がる宿舎の広間は水を打ったように静まりかえった。ギース達にとって初見からしてそれだったが、何度見ても慣れる様なものではないのだろう。壁から生えるようにして出てきた血の様に赤いコートを纏った男は広間をぐるりと見回すと、セラスを見て一言こう訊ねた。
「インテグラを見なかったか。」
どうやら主はそのまた主を探しているようだ。この人があの人を見付けられないだなんて珍しい。これもハロウィーンのせいだろうか。
「夕方執務室にいらっしゃるのは見えましたけど、その後は見ていません。」
ギース達も襲撃後はずっとこの有様だから情報としてはあまり変わらないだろう。
「そうか。」
言って男はまた壁に溶け込んで消える。数十秒経ってから、誰かがやっと溜め息を吐いた。
「ふー、やっぱおっかねえな。」
「ハロウィーンにホンモノ見ちまったよ。」
あれ、ちょっと皆さん、さっきからずっと本物の吸血鬼がここにいますが。
「局長さん、どうやってお化け撃退すんのかねえ。」
「ありゃあ、お菓子じゃ無理だな。」
ガハハとまたガチョウ達のどんちゃん騒ぎが再開する。
―――――あれ、ひょっとして皆気付いてる?・・・いや、そんなはずは。
宴酣、まだまだ夜は長そうだ。
でもたまにはこんなのも、悪くないよね。
終