◆Bet or


 あの仕事の虫がこの時間に執務室に居ないとは珍しい。
日のまだ高いうちに早起きした規格外吸血鬼は、いましがた床から侵入したその部屋をくるりと見回して主人の気配を辿った。上階の私室には居ないようだ。昼食はもうとっくに終わっている筈の時間だが一階の食堂か。いや、この距離感だと居間を兼ねた応接間の方だろう。
そのまま床へと沈み、目的の部屋へと向かう。目測どおりの部屋に居た女の背後に出た男は、ソファの肘掛けに頬杖をついた主人の向かっている四角い機械に視線をやる。何とか言う競技の試合が映し出されていたが、この女が深い興味を持ってそれを観ているとは思えない。従僕がそんな事を考えながら片眉を上げたその視線の先で、知ってか知らずか溜め息交じりのぼやきが漏れた。

「つまらん。」

映し出された得点数は片方が圧倒的で結果は見えているように思えた。確かにこのまま観ていても面白い展開は期待できなさそうではある。
こんな時間に主人が居間で対して興味も無さそうな映像を観ているのは、午前中に急な仕事が入ってアフタヌーンティーが遅くなったという訳では無いようだ。やや中毒気味な従事の仕様をあの執事に窘められ強制的にここに追いやられた。大方そんなところだろう。

「もう勝ちは決まったな。」

言いながら、それでも映像を消すでもなく眺めているのは心底この機械に興味が無いのだろう。
ソファの横に立ってその表情を覗き込めば、もの憂げと言うには些か色気の無い憮然とした表情があった。

「そうかね?」

独り言を否定してやると顰めた眉のその下のサファイア色の瞳がじろりとこちらに向けられる。驚いていないところを見ると気配に気付かれていたようだ。意外と侮れない。

「勝負は終わってみるまでわからないものだ。」

言いながら肘掛けに腰を下ろし足を組む。むっとしたように従僕の顔を睨み付けた女主人が当然の反論をした。

「この点差だぞ?逆転できるはず無いだろう。」

「では賭けるか?」

「何?」

男は画面を指差し、言葉を続ける。

「私はお前が負けると言ったチームに賭ける。お前は当然、先ほど勝ちが決まったと言ったチームだ。お前が勝てば何でも命じると良い、その代わり私のチームが勝ったら・・・」

「勝ったら?」

「私の言うことを一つだけ聞いて貰う。というのはどうだ?」

女がふふんと不敵に笑った。

「その賭けには私にメリットが無い。そもそも私にはお前に何でも命じる権利があるわけだからな。」

暗愚な女ではない。最初の頃はすぐに引っ掛かった手にもここ数年でそう簡単には掛からなくなった。だがこの歳若い女主人が酷く嫌っていることがある。それは従僕に侮られることだ。

「何だ、怖気づいたのか?」

そう言って嘲笑すれば至極簡単に主人が遊んでくれる事を犬はよく承知していた。
思惑通り表情を険しくした女は顎を突き出して男を睨めつける。

「良いだろう、お前のお遊びに付き合ってやる。試合終了までどんな無理難題を突きつけてやるか考えるも一興だ。」

憤然と言い放ち画面に向き直った横顔を男はにんまりと眺める。
そもそも勝とうと思って仕掛けた勝負ではなく、からかうのが目的だから既にそれは達した。
さてどんな嫌がらせを考えているものか。炎天下の草むしりか、それとも兵糧攻めか。禁欲せよとでも言い出したら今度はどう丸め込んでやろう。
従僕の挑戦を受けて、先程まで興味の一欠けらも無かった画面を食い入るように見詰めていた女の視線が、数分後には落ち着き無く画面を動き回り始めた。おや、と思ってそれに倣って視線を移してみれば、埋めようの無いと思われた点差がいつの間にかほぼ消滅していた。

「嘘だろ。」

勝負は終わってみるまで分からない。そう言った筈の男も隣で肩を竦めたが、呆然と画面に釘付けになっている女の視界には入っていないようだ。
まさかこんなに都合の良い逆転劇が起こるとは。

「お前、何をした!?」

画面からようやくこちらを向いたと思えば理不尽な怒りを従僕にぶつけた女主人に男はもう一度、洒脱に肩を竦めて見せる。

「ずっと隣に座っていただろう、私に何か小細工が出来たと思うか?」

「幻覚を見せられているという事も考えられる。」

やれやれ、信用の無い事だ。

「ちょっと確認してくるからここを動くな。」

犬にウェイトの指示でもするかのように・・・実際そうな訳だが・・・従僕の鼻先にぴんと立てた人差し指を向けた女主人は早足で居間を後にし、暫くしてしおしおと戻ってきた。

「おかしい。」

「負け惜しみは見苦しいぞ主。」

「だって有り得ないだろう。20年近くも勝った事のない相手に何で今日に限って勝つんだ!」

というのは多分、詰め所の警備隊員か厨房のメイド達からでも仕入れてきた情報だろう。
従僕の感知しないところで起こった、彼に都合の良い歴史的勝利に女主人は至極不服のようである。

「では私がこの機械を通してあの試合に関与したとでも?」

「それは・・・」

いかな化け物と言えど、そのような事が可能であるはずが無い事は女も理解しているはずだ。

「まさか主は約束をたがえるような事はすまいな。」

「しゅ、主義思想と命に関わる事は駄目だからな!」

「勿論だとも、契約に反するような事を私がすると思うかね?」

「知るものか。」

心外な事に本当に信用されていないようだ。
聞こえよがしの大きな溜め息を吐いた女は腕組みして、相変わらずソファの肘掛けに腰掛けたままの男を渋面で睨み付ける。

「・・・で、私に何をさせたいんだ。」

「少し考えさせろ。まさか勝つとは思っていなかったのでな。」

歯軋りせんばかりの表情で二の句を失った女は、この返事にこそ一番のご立腹のようだった。



 まさか死神が揉み消した訳では無いだろうが、夜半を過ぎても『Call』は無かった。しかし退屈を持て余す事は無い、夕刻の『Bet』が旨く行ったのだから。
怠惰な二度寝の棺からむくりと大柄な躯を起き上がらせた吸血鬼は、人ならざる知覚で主人の気配を探す。
屋敷内には残り香程度の希薄な気配しか感じられない。いつもならばこの時間は未だ執務室に詰めている時間だがそこには居ないようだ。出掛けたと言う可能性も無いとは言えないが多分私室だろう。あそこは屋敷とはまた別の結界領域が存在するのか、侵入は許されているものの知覚支配までは及ばない。
きっと退屈を持て余しているのは主の方だろう。さて、少し遊んでやろうか。代わり映えのしない種ではあるが、やはり閨事に関する嫌がらせが最も反応が良い。いい加減にそろそろ慣れてもいい頃だろうが、初心な反応は殊更楽しいので慣れてくれないほうが面白い。
女の褐色の肌に、蓮の名を持つサファイアのような色が混ざる様を思い出し、男は唇の端を吊り上げる。
本人は決して認めないだろうが、頑なに快楽を拒む理性とは真逆にあの女の躰は男を悦ばせる極上品だ。それが自分を含む化け物に限った事なのか人相手にも言える事なのかは定かではないが。
私室へと向かう前に主人と賭けに興じたリビングへと足を向ける。そこにあるキャビネットの中には前の主人の遺産が残されているのだ。
開封済みのものは処分されたのだろう。未開封のものが十数本、今の主人が一顧だにしないままにうっすらと埃をかぶって残されている。その中の、どっしりとしたサファイア色のボトルのネックを男は無造作に掴み上げる。金色の王冠を模したキャップには大きなクリスタルガラスが嵌め込まれていた。

「ロイヤルサルートか、悪くない。」

所詮あの女の血でなければ酔えぬのだが、アルコールが胃の腑を焼く感覚は嫌いではない。
酒瓶と共にキャビネットの中に並べられていたバカラのグラスも、ややくすんではいたが問題は無いだろう。そのふたつを手に男は目的の部屋へと向かう。躯の中に取り込めばそのまま壁や天井を抜けることも可能だったが、あえてそうしなかった。
ノックもせずにドアを開けて入った部屋には主人の姿は無かった。そのまま寝室のドアを開ける。
湯上りなのか塗れた髪をタオルで拭いながら、バスローブ姿の女がこちらを見て眉を顰めた。

「・・・泥棒。」

「飲む者の居ない酒などあっても仕方ないだろう。」

女の咎めに返答して、ベッドヘッドの横にあるサイトデーブルの上にグラスを置き、封を切った酒を注ぐ。中の琥珀色が幾分か減ったボトルが、透き通ったサファイアブルーの部分を多くした。
グラスを傾けて一気に流し込めば、ひりつくような熱さが喉から胃に滑り落ちながら体内を焼いていく。その熱さたるや女の中を思い起こさせた。

「ではお嬢さん、先程の掛けの報酬を頂こう。」

どんな女も篭絡させるはずの笑みを向けても、この女だけは渋面を崩さない。

「・・・何をすればいい。」

従僕との約束を反故にする卑怯さすら持ち合わせない高潔さは、好都合ではあるが時おり嫉妬すらも覚える。

「2択だ、良い方を選ばせてやろう。お前の口で私に奉仕するのと、私に自慰を見られるのとどちらがいい?」

渋面を作るのも忘れて表情を無くしたまま食い入るようにこちらを見詰める女が、思い出したかのように目を数回瞬かせた。

「え?何だって?意味がよく分からなかった、もう一回言ってくれ。」

「私のモノを舐めたり咥えたりしゃぶったりするのと、自分のモノを弄繰り回すのを私に観察されるのと、どちらが良いかと聞いた。無論、どちらにしても達すまでだ。」

詳しい説明をしてやっても暫く女は理解が出来ないようだったが、ようやく意味を噛み砕いたのか顔を上気させて怒鳴り散らす。

「なっ・・・ふざけるのも大概にしろ!!」

「何だもう降参か?」

「くっ・・・・・」

相手が敵ならばそれなりの狡さも発揮するというのに、従僕に対するその正義感はいったい何だというのだ。

「お前に奉仕なんて真っ平だ、自分でやる。」

女は憤然と言い放つと、ベッドに上がり羽枕に背中を預けた。膝を立てればバスローブの裾が捲れ、褐色の腿が顕わになる。この期に及んで下着を着けているとは往生際の悪いことだ。

「せいぜい楽しませてくれ、お嬢さん。」

干したグラスに再び酒を注ぎ、それを持ってベッドの足元の方へ腰掛ける。足の指先から腿、バスローブの袷から覗く深いとは言いがたい胸の谷間に彷徨わせた視線を女の顔に向けると、瞳が瞼に覆い隠された。
私の存在をその視界から消そうというのかね。やってくれるものだ。
閉じられた腿の間に差し入れられた手がもそもそと動いている。はたしてその瞼の裏に映っている手の持ち主は誰なのか。

「そんなに足を閉じていては見えんぞお嬢さん。」

煩いとでも言う風に寄せられた眉の下、うっすら開かれた目がじろりとこちらを見てからすぐに閉じられた。
男の言葉に引き離された膝と膝との距離は思い切りの良いものではなかったが、それでも下着の上からクレヴァスに沿ってたどたどしく這わされる女の手が目に入る。その動きはとても官能的と言えるものではなく、マスターベーションなどほとんどやった事が無いような子供じみた手付きだった。
手馴れていられても業腹ではあるが。
グラスを傾けながら暫くそんな児戯にも等しい手淫を眺めていたが、おぼつかないそれに快感を得るどころか女は苛立ちを濃くしたようだ。眉間の皺がみるみる深くなっていったかと思うと、些か上品とは言いがたい舌打ち交じりの声が漏らした。

「糞っ!」

手淫と言うのはこんなに色気の無いものだったか。
そろそろ男も自分の間違いに気付き始める。人には向き不向きがあると言う事だ。

「おい、お嬢さん。」

「煩い、気が散る。」

女はそう言って徐に下着の中に手を突っ込んだかと思うと、次の瞬間ひゅっと息を呑んで躰を強張らせた。
何をやろうとして、そして為しえなかったか想像に難くない。

「いっ・・・つ・・・」

「達くまでやれとは言ったが無茶をしろとは言ってないぞ。」

自分でさえこの女を中で感じさせるには少々手間取るのだ。本人には悪いがこの下手糞さ加減で快くなる筈が無い。女はやっと目を開いたかと思うと、ぎっとこちらを睨みつけた。

「お前、私に何をした。」

「何の事だ?」

「だって変だろう!お前の時はあんなに簡単に・・・」

勢い良く吐き出しかけた言葉を急に止めて口を開けたまま顔を顰めた女に、鼻面の先まで顔を持っていって聞き返してやる。

「簡単に、何だ?」

ゆらりと揺れた瞳と上気した顔で応えは充分であった。

「何でもないっ!」

どこまでも強情な女だ。

「私の手でなければ気持ちよくならないのか?」

「だからそれはお前がっ・・・」

がなり立てる口を塞いで舌先で歯列を抉じ開ける。逃げようとする舌を吸い上げては絡めあわせ、唾液を啜り上げた。鼻から漏れる吐息に艶が混じるまで。

「・・・触るな、私はまだギブアップしていない。」

開放してやった唇からまた強情な言葉が漏れたが、睨みつけてくる瞳の潤みようは扇情的で男を滾らせるのに申し分ない。

「私がギブアップだ主。」

無意識に煽るのだから全くこの女は性質が悪すぎる。
まだ下着の中に突っ込まれたままの手を上から抑えつけ、全体を捏ね回す様に刺激してやる。間接的にだから少々乱暴なくらいでいい。
口汚く罵りながら女が抑え込まれていない方の手で抵抗したが障害にはなりえない。
直接触れられずとも、どの辺りに力を込めれば良いかくらいは分かる。丹念に強弱を付けながら刺激を与え続けると、少しずつ女の表情が何とも言えないものに変わっていく。自分の躰の変化が理解できない。そんなところだろう。
中指で同じ女の指を押し込めば、それはぬるりとクレヴァスに沈んだ。

「やっ・・・」

目星を付けて女の指を更に奥へと導く。

「嫌だっ!アーカードッ・・・」

「こうしたかったのだろう?」

先ほど女がやろうとして為せなかったことを手伝ってやっただけ。目的を達したというのに何故嫌がるのか。
頑なに女の指を拒んだのであろうそこは今では易々と2人の指を呑み込んだが、きゅうきゅうと締め付けてくる内側に指2本ですらも狭く感じられる。

「嫌・・・だ・・・気持ち悪い・・・」

「いつも気持ち良くされるのが嫌でやめろと言うくせに、気持ち悪いのも嫌なのか?」

咄嗟に開きかけた唇を噛んで、女が悔しそうに目を逸らす。
この女は従僕の手によって快楽を得ることが負けだと思っているのだ。無論、性行為に勝ち負けなどあろう筈が無い。あるとしたら、罠と知りつつ餌に喰らい付いて檻に囚われている自分の方こそ敗北者だろう。

「どんな女だろうと突っ込まれて快がるのは変わらん。例え女王だろうとな。」

言った瞬間に平手が飛んできた。地雷を踏んだのはわざとだ。
快楽も悲哀も自らに許さず、それでも人と言う器に固執する。いったいこの女は何者になろうと言うのか。
重ねた手を蠢かせば女が柳眉を寄せて顔を歪めた。快感に抗おうとするその表情は苦痛に耐えているかのようにも見える。

「こちらとしても快がっている女に突っ込んだほうが快い。お前の『嫌だ』『やめろ』に応じることは出来んな。」

お前の為ではない。そう含みを持たせる事は、少なくともこの女にとっては納得できることなのだ。自己評価が低いという訳では無いのだが、どういった思惟でそうなるのかは理解不能だ。

「・・・いい加減に手を放せ・・・」

自分の中の感触は相当に嫌だったと見える。悪態しか吐かぬ唇よりもよほど素直で饒舌だと言うのに。
言われて、股の間からは外してやったがすぐには開放してやらず、その手を捕まえたまま口に持ってきて蜜を舐めとる。相変わらずの苦虫を噛み潰したような顔で女が吐き捨てた。

「この恥知らずっ!」

どのあたりが恥知らずだったのか分からないのだから、相応な評価なのだろう。
バスローブの袷から手を挿しいれ胸に這わせると、躰がびくりと震えたが女は抵抗しなかった。興を削ごうと言う魂胆だろうが、歯を食いしばってシーツを掴んでいては我慢しているのが見え見えだ。
少しばかり質量の乏しい膨らみをやんわりと揉みながら撫でさすると、小さいながらも先端がぷくりと存在感を増す。それを指の腹で圧し込んで円を描くように捏ね回しては摘み上げる。そうして繰り返し玩んでいると小刻みに躰を振るわせ始めたが、強情に噛み締められた唇を開くにはまだ足りないようだ。すっかり硬くなったそこに口付け、舌先で嬲りながら吸い上げた。堪らず甘やかな吐息を漏らした唇から、断続的なブレスと共に艶を含んだ悪態が紡ぎだされる。

「っ・・・なんでっ・・・そこばかり・・・」

「それは他のところも触って欲しいというリクエストかね?」

「黙れ馬鹿犬!」

言葉だけは色気も何もあったものでは無いが、上気した顔と潤んだ瞳で睨み付けられても萎えるどころか滾るばかりだ。天賦の才があるというのに持ち主がこの強情っぷりとは勿体の無い話である。
ふと思いついてサイドテーブルに手を伸ばす。グラスは空だったので直接ボトルを煽り、そのまま怪訝そうにこちらを見ている女に口付ける。意図を察知した女は当然のごとく逃げを打ったが、頭を固定して頬を掴み無理やり顎を開かせた。肩や胸に打ち付けられる拳が力を無くし、やがて喉が音を鳴らして口腔内に満たされた液体を嚥下する。口の中が空になったのを舌で確認してから開放してやると、急に息を吸い込みすぎたのか数回咳き込んでから女がこちらを睨み据えた。眼球に揺れは無いようだ。

「いったい何のつもりだ。」

「ふむ、弱くは無いようだな。」

「はん!酔わせてどうこうなどと、夜族の王ともあろう者がジゴロみたいな真似をするじゃないか。」

「何、ピロートークどころかマスターベーションすら出来ぬお嬢さんも、酔えば少しは違うかと思ってな。」

「三日と空けずに散々っぱらヤられていて、そんな気になるわけないだろう!」

おやおや、全く効いていない訳では無いらしい。本音でもこういった事はあまり口にしない性質だと認識していたが。

「それはそれは、主にはご満足戴けていたという事で宜しいかね?」

「ふざけるな!私は飽き飽きだと言ったんだ!!」

「飽きられては夜族としての面目が立たんな。それではもっと趣向を凝らすとしよう。」

まだ何か言おうとしている女をうつ伏せに引っ繰り返して腰を持ち上げる。この体位が大層嫌いな事は知っているが、飽きると言われては仕方が無い。
女が起き上がろうとするので片腕を後手にして躰を抑え付けた。罵詈雑言を無視して己の物を取り出し、煩い口を塞ぐ代わりに充分に潤った蜜壷に一気に杭を穿つ。指二本ですら狭いかと思われたそこはすんなりと剛直を受け入れ、まるで誂えたようにぴったりと馴染んだ。

「糞ったれが!」

まだ自由な方の腕をシーツの上に突っ張ろうとする女の、じんわりと汗ばんだ背中に上半身をのせて抵抗を封じながら、もう一度ボトルに手を伸ばした。まだ少しだけ中身が残っている。

「お前の中は熱くて絡み付いてくるようだ、インテグラ。」

吹き込んだ耳が朝焼け色に染まり、暁光にまだ染まっていない空のような深青の視線が肩越しに突き刺すように投げ掛けられる。女主人はこの様な体勢で名を呼んだ事にご立腹のようだが、これからやる事を知ったら瑣末な事だろう。
さっそく目的を達すべく、腰から尻に向けて手を滑らせ双丘の谷間へと割り込ませ、指を開いて密んだ窄まりを露わにする。

「何を・・・」

女が訝しげに問うたが、冷たいガラスボトルの口をそこに充てられて悟ったようだ。多分全力だろう抵抗はもちろん力ずくで封じ込めた。

「やめろっ!!」

自分を縛るはずの主人の命令は、『出来ない』と評価したはずのピロートークとして処理された。
ボトルネックの中ほどまで捻じ込むと女は数秒間呼吸を止め、それから震えるような吐息をゆるゆると吐き出す。ボトルに残った中身を注ぐように傾けると大きく躰を震わせた。
だんだんと、女の呼吸が早まってくる。怒りと動揺、若しくは直腸から吸収されたアルコールの為か。早鐘を打つ鼓動の音の、何と耳に心地良いことだろう。
ボトルネックを引き抜いて、繋がったまま再び女の躰を仰向けに返す。憮然とした女が大きく胸を喘がせながら溜め息を吐いた。予想外に落ち着いているようにも見えるが、それとも取り繕っているのか。

「抜け。」

「抜いたぞ。」

「お前のだ馬鹿。」

吐き捨てた女がいつの間にか枕の下に入り込ませていた手が引き出すと、その手には黒光りするものが握られていた。そういえば護身用にいつも潜ませていたなと、そこで初めて思い出す。
こちらに向けられたPPKから続けざまに数発、わざわざ威力を落としているのかこの至近距離で貫通せずに弾丸は躯の中に残った。祝福済みの銀の弾だ、少々気分は悪い。が、押し出せばいいだけの事。
激昂して無駄と知りながら撃った。にしては冷徹な顔で女が着弾点を見詰めていた。この女の腕なら全弾、眉間と心臓に的中しそうなものだが如何にも疎らだ。アルコールの影響か。
ぽとりぽとりと女の胸元に押し出された弾丸が落ちる。撃たれた場所は既に再生が始まっているが、さて、ひとつ出てきていないようだ。

「4発目、B2か。」

言いながらまた数発。異変は3発目で起きた。
体内が燃えるように熱くなったかと思うと喉から何かがせり上がり、そのまま口から溢れ出たものが女の躰の上にこぼれ落ちる。真っ赤に染まった女が心底嫌そうな顔で舌打ちした。
自分の知っているカスタム弾ではない。何だこれは。
先の4発目と後からの3発目の弾が埋まっている場所に手刀を突き刺して抜き出す。手袋ごしにも弾丸に触れた指が爛れている様だ。

「有効な効果が認められるのはDか。ついでに派生型のD2もぶち込んどくか。」

言いしな撃ち込まれた場所は、今度は肉が弾けた。

「ああ、ベッドが汚れた。ちゃんときれいに回収しろよ。」

汚れたのは自分のせいだろうに。

「何をした。」

「弾丸に法儀式以外の術式をいくらか仕込んでおいた。ちょうど検体が欲しかったところだ。」

怒っていた事など忘れたかのように女が不敵に笑う。その顔つきは、あの男を思い起こさせた。
アルコールが入ると若干アーサー似になるらしい。憶えておこう。
肉が飛び散ったおかげで弾は体外に落ちたが、術式とやらのせいで再生が遅い。全く油断ならないお嬢さんだ。
しかし実験の成果が見れてご満悦なのは良いが、自分が襤褸雑巾のようにした男に突っ込まれたままだという事をお忘れではないかね。
腰をゆっくり前後に蠢かすと、思い出したように女が顔を顰めた。

「この状態でもまだ萎えないのか。」

「自分の血肉まみれの女を犯せるとは、中々の趣向だ主。」

「この気違いめ!」

自分と繋がったままの男を蜂の巣にして、あまつさえ血まみれで観察している方も余程とは言えまいか。
いや、そうでなくては面白くない。
早いピッチで抜き挿しすれば女は歯を食いしばって押し黙る。罵倒が無いのは良いが、鳴き声までも封じる事はあるまい。
金色の淡い茂りに潜む花芽を捏ねてやるとすぐに美しい声で鳴いた。呼応するように締め付けてくる内側はいつにも増して官能的だ。
浅く、深く、突き立て擦りあげる。女が喉を反り返らせたかと思うと躰を強張らせた。到達点は近い。今すぐその首筋に接吻することが叶うのなら。
否、たとえ極上の美酒でも酔えるのは一瞬でしかない。人だからこそ面白い。この女がどのような選択にBetするのか見物だ。そこにRaiseするのは想像するだけでも心が躍る。
だが無理やりアルコールを摂取させるのは、今後は一考する事にしよう。
流石にあの男を抱いている気分になるのは胸糞が悪い。





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